エピローグ 一周目の私へ
四月から、市内の会計事務所で働いている。
派遣ではなく、直接の契約になった。面接の日、名前の欄を書きながら手が止まる。三嶋、と書く癖が、まだ指に戻っていなかった。
机の上の名札は、事務の人が作ってくれた。プラスチックの、いちばん安いやつだ。三嶋、の「嶋」の字が、少しだけ縦に長い。
朝は八時四十分に着く。窓際の席で、いちばん最初に電気をつける役をしている。前の人が辞めたので、私が引き継いだ。ただそれだけの役だけれど、鍵を開ける人間には、鍵を開ける人間の顔がつく。
隣の席は、二十四歳の女の子だ。入って二週間で、私の湯呑みの柄を覚えた。
「三嶋さん、これ、去年の分も見といたほうがいいですか」
「見といて。去年の四月に一回、やり方が変わってるから」
「うわ、ほんとだ。なんでわかるんですか」
「前にも同じところでつまずいたから」
「三嶋さん、前もこの仕事だったんですか」
「ううん。今のが初めて」
嘘ではない。会計の仕事は初めてだ。つまずいたのは別の場所で、別のことだけれど、つまずき方に、そんなに種類はない。
「三嶋さんって、なんか、落ち着いてますよね」
「そう?」
「なんかこう、動じないっていうか」
動じているところを、この子はまだ見ていないだけだ。見せる予定もない。
*
藤井さんから、ときどき連絡が来る。
三月の終わりに来たのは、少し長いメッセージだった。
郁恵さんのところに、去年の秋ごろから電話が来ていたらしい。息子を名乗る声だったという。事故に遭った、会社の金に手をつけた、今日じゅうに用意しないと終わる。そういう筋の話だ。
誠が亡くなったあとも、電話は来た。来るたびに、郁恵さんは出た。
――誠、生きてたのね。
そう言ったと、近所の人が聞いている。
貯金は、ほとんど残っていないという。警察には届けたが、記録を取られただけで、それきりらしい。あの手の話は、ひと月に何件も来る。
藤井さんのメッセージは、最後にこう結んであった。
――杏さん、これ、聞かないほうがよかったかしら。
私は少し考えて、こう返した。
――教えてくださって、ありがとうございます。
何もしなかった。
できることはあったと思う。警察の窓口を調べて送るとか、消費生活センターの番号を書くとか。そのくらいなら、十分でできる。
しなかった。
あの人が毎月二十五万円を受け取っていたとき、誰も止めなかった。止める人がいる家ではなかった。それだけのことだ。
沢井美月の話は、去年の夏を最後に聞かなくなった。示談金は、分割の四回目まで入って、いまは止まっている。桐生先生は、督促の手紙を出しておきますと言った。出したかどうかは、まだ聞いていない。
誠の遺品は、通夜の翌日に全部、斎場へ届けた。ネックレスは、どこからも出てこなかった。買ったあとだったのか、買う前だったのか、私は知らない。探している人も、たぶんいない。
*
保険金の話を両親にしたのは、二月のことだった。
金額を言うと、母が湯呑みを置いた。置いたきり、しばらく持たなかった。
「そんなに」
「うん」
「杏、それ、あんたのお金なんだから」
「わかってる。だから、使い道も私が決める」
私は封筒を出した。中に入れたのは、振込用の紙と、三年前の工事の請書のコピーだ。
「家具と家電で二百三十万。リフォームが百八十万。合わせて四百十万円。お父さんとお母さんが出した分。返します」
「いらん」父が即答した。
「もらって」
「いらん」
「お父さん」
「娘に出した金を返してもらったら、何のために働いたかわからん」
こういうとき、この人は絶対に譲らない。三十年見てきた。
それで、私は半分にした。二百五万円を、母の名前の定期に入れた。残りの半分は、私が持っている。父は文句を言わなかった。言わないことが、この家の折り合いのつけ方だ。
母は、通帳を仏壇の引き出しにしまった。使う気がないのだと思う。それでもいい。あの人が、自分の名前の通帳を一冊持っているというだけで、一周目と違う。
*
日曜の朝、実家の台所に立っていた。
母が味噌を溶いている。今日の味付けは薄い。薄い日は、体調がいい日だ。
「杏、お鍋、下の段」
「うん」
「あんた、あの部屋、いつから」
「来月の頭。鍵もらうの、二十八日」
「駅から何分だっけ」
「十二分。歩いて」
「遠いわねえ」
「近いよ」
父が新聞を持って入ってきて、テーブルの端に座った。座ってから、たたんだ新聞を膝に置いた。この人は、話があるときだけ新聞をたたむ。
「引っ越し、手伝うぞ」
「大丈夫。荷物ないから」
「冷蔵庫は」
「あるよ。前の家から持って帰ったの、まだ倉庫にある」
父が、少しだけ笑った。笑ってから、新聞を開いた。
あの冷蔵庫は、結婚のときに父と母が買ったものだ。運び出して、実家の倉庫に置いたまま、もう四か月になる。扉の裏のポケットに、賞味期限の切れたマヨネーズが一本、入ったままになっている。捨てるのは、新しい部屋に運んでからにする。
*
昼を食べてから、川沿いを歩いた。
桜は、先週の雨でほとんど散っていた。花びらが、水際の泥にべったり貼りついている。ジョギングの人が二組、自転車が一台、犬を連れた老人が一人。すれ違うとき、犬のほうが私を見た。
一周目の三月、私はこの道を歩けなかった。家から駅までの七分と、駅から職場までの四分。その十一分だけが、私の行動範囲だった。それ以外の道には、知っている顔がいる気がして出られなかった。
いまは、知っている顔がいても歩ける。
歩けるようになるまでに、二周かかった。
*
午後、不動産屋に行った。
ガラス戸の内側に、物件の紙がびっしり貼ってある。日に焼けて、赤い字が薄くなっているものが何枚かあった。
担当の若い人が、契約書を机の上に広げた。名前の欄、住所の欄、連帯保証人の欄。父の名前が、もう書いてある。
「では、こちらにご署名とご捺印を」
ボールペンを受け取る。インクは出た。
三嶋杏、と書いた。三年ぶりに、続けて書いた。
一周目の私へ。
そう呼びかけて、そのあとの言葉が出てこなかった。書くことはいくらでもある。あの家を出ろとか、あの電話に出るなとか、非常階段のドアを開けるなとか。伝わらないものを並べても、紙が重くなるだけだ。
出てこないので、私は朱肉の蓋を開けた。
三嶋、と彫られた小さな面を、朱の上で一度押さえる。
名前の横の、丸い枠の中に、まっすぐ下ろした。
(了)




