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その42

 アリアは悩みつつ、ゆっくりと口を開いた。


「……スバルって人は、今も生きていますか」


 ラトスは不思議に静かな目でアリアを見た後、「そうだな」と頷いた。


「そうだな、生きてる。……会いたいか?」


 アリアは、ベッドの上で抱えている自分の膝の辺りを見た。薄いカーテンを通し、明るい昼の光が揺れている。それを見ながら、「はい」と小さな声で答えた。


「正直、何も覚えてはいないんです。でも……もし会えるなら、会いたいです」


 そうか、とラトスは呟くように言うと、わずかに身を乗り出すようにした。


「アリア、おまえは中央国へ来い。おまえの意志を尊重して待っていたが、あんなことが起きた以上、もう待てない。……おまえがスバルに会いたいというなら、セラディ・ソーサラーズに属することがその足掛かりにもなると思う」

「…………」

「悪いな。だがもう悠長なことは言っていられない。中央国(セントラル)に来い、これは命令だ」


 アリアはラトスを見た後、彼の隣りに立つシルヴィアの方へ視線を向けた。シルヴィアは軽く微笑んでアリアに近付くと、そっと髪を撫でた。


「なんでそんな顔するの。別に、いつでも会えるわよ」

「分かってるけどさ……」

「行ってきなさい。大丈夫、私は何があってもあなたの味方よ」


 それは、数日前にアリア自身がシルヴィアに言ったセリフだ。うん、と何とか彼女へ笑い返し、アリアはラトスに向かって声を掛けた。


「分かりました。よろしくお願いします」

「よし、じゃあ次。アリアはまぁ、強制的に連れていくつもりだが……セイア」


 声を掛けられ、セイアは真っ直ぐにラトスの方を見た。


「おまえは、任意だ。どうする?来るか、セラディ・ソーサラーズに」

「行きます」


 間髪を入れない返答に、アリアの方が驚いた。ラトスはある程度答えが予測できていたかのように、うっすらと苦笑を浮かべた。


「即答かよ。ちょっとは悩め、かわいくねぇな」

「この間から、考えておけって言ってくれてたじゃないですか。もう十分考えました、何も悩むことなんかないです。叔母も、俺の望むようにしていいと言ってくれています」

「そうか……叔母さん、おまえが中央国へ来るのは反対かと思ったがな」


 ラトスは独り言のようにそう言うと、「ほら」と手元に持っていた大きめの封筒を投げるようにセイアの方へ渡した。


「おまえの学力だと、うちの学校だと物足りないんだろ。セラディーズに所属しながら大学に通えるように話を通してきた。受験要項、しっかり読んどけ」

「ありがとうございます!」


 セイアは飛びつくように封筒を手に取ると、すぐに中から書類を抜き出した。


「スライディル大学の編入試験は二か月後だ。……言っておくがな、手続きまではおれが動いてやるが、試験自体はおまえの実力勝負だぞ。分かってるか?スラ大の合格率。オズの全国各地から選りすぐりの優秀な受験生が集まって、それでも十人に一人以下だとさ」

「なるほど、そいつはアメージング」

「ふざけてんのか!彼女できたからって浮かれてんなよ、うちだって受験料負担するんだからな。受けるからには、しっかり結果を出せ」

「大丈夫です、任せてください。受かる気しかしません」


 アリアはちょっとぼんやりとして、そんなラトスとセイアのやり取りを聞いていた。セイアは寝不足のはずの目をいきいきと輝かせて、書類に目を通している。


(セイア、一緒に来てくれるんだ……)


 現金なもので、不安しかなかった胸に、あたたかな光が差し込んだ。迷いなくまっすぐに未来を見るセイアのまなざしは、小さな、だが確かな希望を感じさせた。


 中央国は、どんなところだろう。いつか、スバルに会えるだろうか。……未来は、もしかしたら自分が思っているよりも、明るいのだろうか。


「よかったわね、アリア」


 小さくシルヴィアに耳打ちされ、くすぐったい気持ちで肩を竦めた。恋というものがこんな風に幸せな気持ちにさせてくれることを、自分は長い間忘れていた気がする。もう、思い出せないのかと思っていた。


 大きく息を吐き、膝を抱えていた腕をゆっくりと伸ばした。遠かった未来が、ほんの少し近付いて、こちらを向いて笑ってくれたような気がした。


                       end 


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