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その41

 どのタイミングで眠ってしまったのか、まったく分からない。おそらくあの後、心の底から安堵して、深い深い眠りに落ちてしまったのだろう。気が付いた時にはすでに日は高く、身体はすっきりと回復していた。


「あ、アリア、やっと起きたな。十二時間くらい寝てたぞ」


 明るいセイアの声が近くで聞こえ、驚いてがばっとベッドから跳び起きた。


「やばい、仕事!」


 時間を確かめようとして枕元の目覚ましを見ると、昼過ぎくらいの時刻を指している。遅刻とかいうレベルの話ではない。軽くパニックに陥りそうになっていると、寝室の入り口辺りからシルヴィアの呆れたような声が届いた。


「あのねぇ、今日は仕事なんか行ける訳ないでしょ。昨夜死にかけてた人が、何バカなこと言ってるの。会社にはとっくに欠勤の電話入れてあるわよ」

「え……休みってこと?」

「だから、当たり前でしょ。ちなみに、まだそこそこ熱は出てるからね。今日は一日安静、分かった?」


 そこまで言われて、ようやく落ち着いた。急な欠勤は申し訳ないが、連絡が入れてあるなら一安心だ。隣りを見ると、ベッドのすぐそばの丸椅子に、昨日と同じように腰かけるセイアの姿があった。アリアは思わず眉をひそめた。


「セイ、まさかおまえ、寝てないの?」

「いやさすがに、ちょっとは寝たよ。大丈夫」


 そうは言うものの、どう見ても寝不足の表情をしている。クマもできているし、顔色も良くない。


「寝たって言っても、その椅子の上でうたた寝してただけよ。誰かさんのことが心配過ぎて、枕元から離れられなかったみたいよ?」


 シルヴィアは苦笑してそう言うと、「ラトスを呼んでくるわ」と言い置いて部屋を出て行った。明るい部屋に二人で残され、ちょっと照れ臭いような、気まずいような空気になった。


「アリア、昨日の話、覚えてる?」


 セイアに聞かれ、「もちろん覚えてる」と、控えめながらしっかりと頷いた。彼はそんなアリアを見て、嬉しそうな笑顔を浮かべた。


「まぁ忘れたって言っても、なかったことになんかしてやらないけど」


 わざといたずらっぽくそんなことを言う笑顔につられ、アリアも少し笑ってしまった。身体が回復したこともあって、単純だが、生きる気力のようなものが胸の底から湧き上がってくるのを感じる。


「ということで、これからよろしく。できることなら、末永く」

「……こちらこそ」


 この先、いいことばかりではないだろう。すぐ目の前にも、不安と問題が転がっている。何なら、自分の素性すら完全には分からない。それでも、そんな自分を丸ごと好きだと言ってくれる人が、隣りにいる。


 ―――――ふいに階段を上ってくる足音が響き、若い二人の甘い空気をぶち壊すかのような勢いで、寝室にラトスが入ってきた。後ろからシルヴィアもついてくる。


「起きたか、アリア。……顔色良さそうだな、よかった」


 そう言うラトスの顔色は、すこぶる良くない。こちらもほとんど眠れていないのだろう。改めて、昨夜の自分がかなり危険な状態だったことを意識させられる。


「おはようございます。昨日はご心配とご迷惑をおかけして、すみませんでした」


 ベッドから降りようとすると、「いいからそのまま」といい、ラトスはシルヴィアのベッドに遠慮なくどさりと腰かけた。


「まぁ、俺もちゃんと伝えるべきことを伝えてなかったからな。でもおまえ、もう少し危機意識を持てよ。あの子が助けを呼びに来なかったら、危ないところだったぞ」


「すみません」ともう一度謝った後、アリアはまっすぐにラトスの方を見た。


「……ラトス様、お聞きしたいことがいろいろあるんですけど」


 真顔でそう尋ねると、セイアも隣で「俺もです」と声を揃えた。だが、ラトスからは、案の定というか、非常に渋い顔で「待った」を掛けられた。


「悪いが、俺はものすごく疲れてる。昨日から、中央国とこっちを何回も行ったり来たりしてるんだぞ。聞きたいことがあるのは分かるが、おまえらの質問攻めに付き合うほどの余裕も体力もない」

「えー………」


 不服そうな声を上げると、しぶしぶといった口調で、


「じゃあ、イエスかノーかで答えられる質問、アリアとセイアで一つずつ受け付ける。それ以上は後にしてくれ、いいな」


 二人は、思わず顔を見合わせた。一つずつと言われても、何を聞けばいいだろう。アリアが考えを巡らせているうちに、セイアが「じゃあ俺から」と手を挙げた。


「あの、狐面の男の、シグアって呼ばれてた人ですけど。ラトス様の、お身内ですか」


 それを聞いて、ラトスはがっくりとうなだれた。アリアは、意外なセイアの質問に、目を瞬かせた。ラトスとシグアが争っている時は気を失う寸前だったので、何を以てセイアがそう思ったのかは、あまりよく分からないのだが……そういえば、シンシアが『おまえの私怨など知らん』と言っていたのは、記憶にある。


「……なんで、そう思った」


 苦い声でラトスが聞き返すと、セイアは軽く首を傾げた。


「まぁ普通に、面が外れた顔が、ラトス様に似てたので」

「確かにな。……あれの名前はシグア・ティスキン。可愛げの欠片もないが、俺の弟だ」


 それを聞いて、セイアは更に言葉をかぶせようとしたが、ラトスが片手でそれを制した。

「一つ、答えたぞ。次はアリア」


 今の話もとても気になるが、アリアはアリアで、それ以上に気になることがあった。

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