その40
「アリア、ちょっと顔見せて」
上目遣いに目を上げると、思ったより近い位置でセイアの目がこちらを見ていた。
「俺も、いろいろと嫌な言い方してごめん。アリアも言いにくいこと、正直に答えてくれたし、これ以上は何も言わない。七人目はちょっとショックだけど……でも、そうだよな。俺は、八人目を出さないことに全力を尽くすことにする」
「そ、そんな犠牲者みたいな言い方しなくても」
彼の言い方があまりに連続殺人犯を追う刑事のようで、思わず口を挟んでしまった。セイアは少し笑うと、「あのさ」と小さな声で言い、アリアの目を覗き込むようにした。
「……肩、借りてもいい?」
意図するところがよく分からないままに頷くと、彼は「ありがと」と呟いてベッドに腰を下ろした。そのままアリアの方へ身体を向け、肩に頭を乗せる。そして、静かな声で話し始めた。
「俺、今日シルヴィアさんとケンカしちゃって。いや、ケンカっていうか、俺が一方的に文句を言っちゃって。ほんとに申し訳ないことした」
「あー……確かにさっき、何か言ってたな」
アリアのケガを治している時の話だ。セイアがシルヴィアに謝り、シルヴィアが少し困ったように答えていた。
「……シルヴィアさんから電話をもらって、駆け付けた時にすでにラトス様がいたんだよ。その時はそれどころでもなかったし、俺はリスト大に行ったことがあるからワープも使えて、結局おれが一番先に駆け付けることができたけど……でも」
セイアはそこまで言って、苦しそうに大きく息をついた。
「俺、今回ちょっと、アリアが死ぬかもって思った。なんでアリアがこんな目に合ってる時に真っ先に俺に連絡してくれないんだって、引き上げてきた後、すぐにシルヴィアさんに怒鳴っちゃってさ……八つ当たりだよ、完全に。シルヴィアさんにしてみたら、頼りになる恋人のラトス様に先に連絡するのは、当たり前じゃん。その後でちゃんと連絡をくれただけで十分なはずなのに、俺はそう思えなくて」
もうこんな思いをするのは嫌だ、と呟くセイアの声は、少し震えていた。アリアは茫然とした気持ちで、それを聞いていた。
「ごめん、アリア。告白の返事、いつまででも待つって言ったけど、もう無理。考えたくはないけど、今日みたいなことは多分また起きると思う。その時、真っ先に隣に行けないのは、嫌だ。……大したことはできなくても頼りにならなくても、この先何かあった時には誰よりも先に駆け付けられるだけの大義名分を……肩書だけでもいいからさ。俺に、ちょうだい」
強くなるから、頼りにしてもらえるように。決意のようにそう告げられ、すぐには言葉が出なかった。
告白された後の花火デートの時に、『いくらでも待つよ』と笑っていた顔を思い出す。あんな風に言ってくれたセイアに、こんな先を急ぐようなことを言わせてしまったことが辛かった。ここまで言ってくれるのか、自分なんかのために。
「セイ」
アリアは声を掛けると、セイアの肩を掴んで、自分から少し離した。そして、驚いたように軽く目を見開いたセイアを見つめ、しっかりと想いを告げた。
「好きだよ、セイ。大好き」
自分に、セイアの気持ちを受け止めるだけの価値なんてない。そう思っていたし、今でも迷いがない訳じゃない。でももう、進み始めてしまった。
悩みは消えないし、未来なんて見えない。それでも、隣にいられるならば。
「ちゃんと、好きだから。だから『肩書だけ』とか、寂しいこと言わないで。……ちゃんと、彼女にして」
(……言えた。言えたじゃん、俺。よかった)
気持ちが溢れ、涙になってこぼれた。手のひらで拭っていると、ふいにその手を掴まれ、ものすごい勢いで引き寄せられて、背骨が折れるんじゃないかと思うほどきつく抱きしめられた。
「セ、セイ、俺、ケガ治ったばっかり」
「あっ、……ご、ごめん」
セイアは慌てて身体を離すと、改めてそっと抱きしめてくれた。かみしめるような小さな声で「やった」と言うのが、耳元で聞こえた。
「俺の、彼女だ」
うん、と答える自分の声が嬉しそうで、我ながら気恥ずかしくなる。セイアの肩にもたれ、温かな気持ちのままで目を閉じた。
ケガも治ったばかりだし、熱もまだ下がらない。これからも心配ばかりかけて、あまり彼女らしいことはできないかも知れない。それでも今だけは、世界の隅々まできらきらと輝いて、まるでお姫様になったような気持だった。
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