その39
ベッドに上半身を起こした姿勢のまま、萎れたように黙ってしまったアリアを見て、セイアは深々とため息をついた。
「……俺の立場としてはさ。少なくとも、昨日あのタイミングで何も言わずにワープで逃げたことについては、怒っていいと思うんだよな。つぶれてるラトス様と二人で残されて、結構大変だったし」
「それは……ほんとに、ごめん」
「うん。でもそれ以上のことは言えないだろ、別に彼氏じゃないんだし。まぁ、たかだか一回キスしただけで、舞い上がって彼氏面してるバカな男は、俺一人じゃなかったってことかな」
投げやりな口調で、結構グサリとくる当てこすりを言われ、思わず顔を伏せてしまった。確かにセイアにしてみれば、ゼビアと自分の立場と何が違うのか、というところだろう。アリアが否定したところで、何の説得力もない。
反論もできず、しばらく沈黙が続いた。逃げ帰ったことについてもキスについても、特に何の言い訳も浮かばない。かなり経ってから、やや口調を和らげたセイアの声が聞こえた。
「俺って機嫌が悪いと、割と態度に出るんだよな。できるだけ隠そうとはしてるんだけど、どうにも分かりやすいらしくてさ。それで、昨日家に帰った後、顔を見るなり母さんに……叔母に、『アリアさんとケンカでもしたの』って言われちゃって」
「えっ……」
「別にしてないって言ったけど、納得してもらえなくて。『あなた何したの、言えないようなことしてないでしょうね』ってさ、ひどくない?完全に、俺が何かやらかした前提だよ。それでまぁ、仕方ないから、かいつまんで状況を話したんだけど」
「しゃべっちゃったの、叔母さんに⁉」
思わず、情けない声が出た。セイアの叔母とは、電話を交換してもらう際に一言、二言挨拶をするだけの関係だ。これはかなりのイメージダウン。そもそも性格上、というか性質上、好感度を上げるのも困難なタイプだというのに。
がっかりしていると、呆れたようにセイアが言葉を続けた。
「しゃべるよ、そりゃ。俺が何かしたことにされたらたまんないじゃん。それでさ、俺の話を聞いて、あの人なんて言ったと思う?」
「それは……『そんな子はやめておきなさい』とか?」
しぶしぶそう答えた。普通に考えて、その辺りが無難だろう。うちの息子(正確には甥)にはもっとふさわしい子がいる、と思われても仕方がない。
だが、セイアはそれを聞くと「あの人はそういうこと言わないんだよなぁ」と苦笑いした。
「『あなたは、器が小さい』ってさ」
「…………え」
「『そんなつまらない過去にとらわれてどうするの、彼女の未来の恋人になろうとしているくせに』って。叔母にそんなこと言われるのも癪だけどさ、確かにそうかなって思ったよ。俺は、器が小さいよなって」
「そ、そんなこと」
そんなことない、と言おうして前のめりになると、ふいにセイアが真面目な顔でこちらに身を乗り出してきた。
「どうせ器が小さい男だから、この際聞いちゃうけどさ。アリアって、何人とキスしてる?おれは、何人目?」
愕然とした。何の罰ゲームだこれは。まさか、こんなことを答えさせられる日がくるとは。一度セイアから目線を外し、斜め上の虚空を眺めながら必死に思案した。
少し鯖を読むことはできるだろう。多分、バレない。だが、そんな小さなズルをして、この先ずっと心に棘を残してしまうのは、どうしても嫌だった。
仕方ない。これはきっと、ナントカの試練とかそういうものの類だろう。俯いて、小さな声にはなったが、せいぜい正直に答えることにした。
「………七人目」
「―――――ななにんめぇ⁉」
セイアが素っ頓狂な声を上げるのを聞き、予想はできたが非常にいたたまれない心境になった。
「で、でも、キス以上は誰ともしてないから」
「……そこまでは聞いてない……いや、でもまぁ、分かった。それにしても……マジかぁ、七人目……」
「ごめん」
「……謝らなくても、いいけどさ。別に俺は彼氏じゃないんだし」
「それでも、ごめん。逆の立場だったら、俺、嫌だもん」
俯いたままベッドの上でひさを抱え、ぎゅっと自分の身体を抱きしめるようにしていると、しばらくして小さなため息と共に、ふいに肩に手を触れられた。




