その38
どのくらい眠っていただろう。あまり深い眠りではなかったが、ずいぶん身体が楽になった気がする。背中が軽くなって、憑依していたものが抜け落ちたような感覚。
(それにしても今の夢……)
何と言うか、とてもリアルな夢だった。過去の記憶だろうか。思い出せないけれど……でも、確かにあんなことがあったような、なかったような。
寝室に、かすかにタバコの香りが漂っている。異国のタバコだろうか、アリアには、あまり馴染のない香りだ。薄く目を開くと、細く開けた窓の傍の壁にもたれるようにして、セイアが立っていた。セイアがタバコを吸っているのを見るのは初めてだったが、思ったよりも慣れた様子で口元に手を当てる仕草に、少しドキリとした。
(セイア、疲れた顔してるなぁ……)
それはそうか、と申し訳なく思った。今日だって、こんな形で急に呼び出されて、こんな時間まで拘束されて、普通に考えればすごく迷惑なんじゃないだろうか。
「アリア、起きたのか」
しばらくこのままセイアを見ていようと思ったのに、わりとすぐに気付かれてしまった。アリアは仕方なく、うん、と答え、タバコを消して近付いてくるセイアを見つめた。
「熱、下がったっぽい。楽になった」
身体も、そこそこ動かせる気がする。そう思って上半身を起こしてみると、なんとか起き上がることができた。
「さっきまでが高過ぎたから下がったように感じるだろうけど、まだ九度近くあるぞ。でもひとまず、落ち着いたかな。さっきシルヴィアさんがパジャマと替えのシーツ持ってきてくれたけど……着替えられる?」
「……シルヴァは?」
「さっき下に降りた時は、ラトス様と二人で、何か真剣に話してた。邪魔しない方がいいと思うけど」
確かに、かつてないほどの高熱で、かなりの汗をかいている。着替えた方がいいだろう。セイアに手を取ってもらい、ふらつきながらも頑張って立ち上がった。
「じゃあ俺はベッドのシーツ取り替えるよ。背中向けてるから、そっちのベッドで着替えたら。……それとも、着替え手伝った方がいい?」
「い、いや、一人でできる、大丈夫」
慌ててそう返すと、シルヴィアのベッドに腰を下ろし、服を着替え始めた。電球は小さな灯りだけが点いていて、寝室全体が薄暗い状態ではあるものの、セイアのすぐそばで服を脱ぐのはかなりの抵抗があった。なるべく急ぎたかったが、あまり身体が言うことを聞かない。ちらりとセイアの方を見ると、彼はちゃんとこちらに背を向けてシーツを替えていた。
「……そういえば、ティファは?」
「さすがに帰ったよ。結構遅い時間になったし、ラトス様が送ってくれた。また明日にでも、様子見に来るってさ。……もう、着替え終わった?」
「まだダメ!まだ見んな!」
「見てない見てない」
時間はかかったものの、手の痺れや震えも大分収まり、一人でどうにか着替えることができた。シーツを替えてもらったばかりの自分のベッドに戻ると、乾いた清潔な布の肌触りに、心からホッとした。パジャマも、スズランの香りがして心地いい。
セイアは、そんなアリアの様子を見ながら、ベッドのそばの丸椅子に腰かけた。
「いろいろとありがと、……セイは、帰んなくて大丈夫なの?」
そう聞いたのは、単純に遅い時間になってしまったことを気にしただけだったのだが、彼はそれを聞いて少しむっとした表情になった。
「何それ?もう、帰って欲しいってこと?ここまで人に心配かけておいて?」
「いや、そういう訳じゃないけど……」
「言っておくけど、今日は帰る気はない。家にも、泊ってくるって言ってあるし。それに、昨日のことも……」
そこまで勢いよく言った後、セイアはぐっと息を呑むようにして黙った。その様子を見て、何を言おうとしたのかは大体分かった。さっきも『言いたいことがある』と言っていたし、アリアにしても、もちろん忘れているわけではない。
「その……昨夜は、ごめん」
小さな声で謝ると、セイアはそんなアリアをチラリと見て、すぐに目を反らした。
「……まぁ、アリアも今日はいろいろ大変だったし、ここであれこれ責めるようなこと言うのもアレだから。とりあえず今は、しっかり体力回復して」
その言い方も、何だか突き放されているようで辛い。あまり態度には出ないようにしてくれているものの、怒っている様子は分かる。いろいろなことがあって混乱しているのは確かだが、こんな時だからこそ、セイアにはいつも通り優しく接して欲しい。自分勝手だとは、分かっているけれど。




