その37
夢を見た。
夢の中で、アリアは小さな子どもになっていた。暑い時期なのだろうか、膝の出るような丈の短い服を着ている。その目はじっと、草むらの中に隠れた小さな生き物に釘付けになっていた。
「えいっ」
手を伸ばすと、その生き物は体を光らせながらするすると素早く逃げようとする。急いで追いかけようとして走り出すと、後ろから声を掛けられた。
「せな!そっち行くな、結界から出るぞ」
ハッとして後ろを振り返った。逆光で良く見えないが、若い男が一人、こちらを向いて立っている。再び草むらへと目を遣ると、もう先ほどの生き物は姿を消していた。
「……とかげさん、逃げちゃった」
がっかりして呟くと、後ろからひょいと抱えあげられた。
「珍しくないだろ、とかげなんか」
「きれいな色してたんだもん!キラキラして!もうちょっとで捕まえられたのに」
「ははっ、せなに捕まるようなのろまなとかげがいるかよ」
むっとしているうちに、両腕でぐっと引き上げられ、視点が変わった。とても高い。手が、男の頭の上に触れている。規則的に上下に揺れているところから、どうやら肩車をされているらしいと分かった。
「あっついねぇー、すばる」
二人が歩いているのは、どうやら山の中のようだった。とは言ってもそこまで高い位置にいるわけではなく、山道の入り口あたりだろうか。濃い緑の色、強い土の香り。
「せな、自分で歩きたいー」
「いいけど、あんまりちょろちょろすんなよ。この辺りは結界の端っこだからな。向こうからは入ってこれないけど、こっち側からは簡単に出られちまうから」
そう言って、地面に下ろされた。雑だが、思いのほか手つきは優しい。
「けっかいの向こう、危ないの?」
「まぁ、基本そこまで危なくはないけどな。でも野生動物とかは普通に出るぞ」
「やせーどーぶつ!ドラゴンとか?」
「そんなもんいねぇよ、ここには。猪とか、せいぜい熊くらいだろ」
そう言われて、道の向こうへと目を凝らした。だが、見えるのはひたすら木々と笹やぶくらいのものだ。
「せな、くまさんに会いたいなぁ」
「ばぁか、せなみたいなチビ助が熊なんかに出くわしたら、あっというまに食われちまうぞ」
男はそう言うと、こちらへ背を向けてどんどん山の上を目指して歩き始めた。慌てて後を追いかける。彼は、こちらが追いかけてくるのをチラリと確認すると。言葉を続けた。
「でもまぁ、ほんとに怖いのは、熊なんかじゃない。人間だよ」
気を付けろよ、と低い声で言われ、思わず首を傾げた。にんげんが、怖い?
「にんげんって、すばるとか、タニアとか?別にせなは、怖くないけど」
「そりゃ、タニアが怖いはずないだろ。そうじゃなくてな、人間ってのは……いろいろいるんだよ。悪いヤツも、怖いヤツも」
「ふうん」と、とりあえず頷いた。よく分からなかったが、彼がそう言うならそうなのだろう。本当は怖くてもいいから、いろいろな人間に会ってみたい気もしたけれど……でもそんなことを言うと、もしかすると彼は、悲しい顔をするかもしれない。だから、言わない。
「だいじょうぶだよ。なんにも怖くないよ」
代わりにそう言って、笑ってみせた。
「だって、ワルモノは全部、すばるがやっつけてくれるでしょ。すばるは、強いんだもんね」
前を歩いていた彼は、それを聞いて振り返った。今度は、はっきりと顔が見える。少し長めの黒髪を緩く結び、きれいな黒い瞳をした彼は、こちらを向いてにやりと笑った。
「当たり前だろ。―――――俺は、神様だからな」
そこで、目が覚めた。
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