その35
シンシアは再び小さなため息をつくと、「さて」と言ってアリアの方を向いた。
「私は、とりあえずもう一度中央国に戻る。今回のことを報告しないといけないからな。どのみち、ここに私がいると邪魔だろうし」
やや意味ありげにそう言い、隣に立つセイアを見た。セイアはいつの間にか、水を満たした大きめのコップを手に持っている。彼は、シンシアと一瞬目を見合わせた後、バツが悪そうに下を向いた。
「……治療の一環ですよ」
「別に、私は何も言ってないだろ。アリアも熱は高いが症状は落ち着いているし、おそらくすぐに危ない状態にはならないだろう。何かあればラトスにでも言ってくれれば、できるだけ早く駆け付ける」
それじゃまた、と手を振り、ふわりと赤い光が満ちて、シンシアの姿が消えた。セイアは小さな声で「敵わないなぁ……」と呟くと、覚悟を決めたようにアリアの顔を覗き込んだ。
「薬、自分で飲めそう?粉だけど」
「え………」
背中の傷を治してもらい、やや楽になったとは言え、熱のせいでまだほとんど体が動かせない。手も痺れてずっと小刻みに震えていて、粉薬を飲むのは無理だろう。
戸惑ってセイアを見つめ返すと、セイアは困ったように目を反らした。そして、
「ごめん、でもシンシア様にも言ったけど、治療の一環だから」
言い訳のようにそう言って、持っていた粉薬をさらさらと自分の口に入れた。その後すぐにコップの水を口に含み、アリアの方へかがみこむ。
(あー……ごめんって、そういう……)
熱のせいでぼんやりしていたためか、まったく想定していなかった。だが、分かっていたとしても、拒否はしなかっただろう。
口移しで飲まされた薬はざらざらして苦かったが、思った以上に喉が渇いていて、水分がおいしく感じられた。
「……水、もう少し飲みたい」
小さな声で頼むと、セイアは少し驚いたように目を見開いたが、頷くと、何度か口移しで水を飲ませてくれた。そこはかとなく水が甘く感じられるのは、身体が水分を欲しているからか、違う要因なのか。
「ありがと。もう、大丈夫」
水を飲んで、少しまともに声が出るようになった。セイアもさっきからずっと強張った顔をしていたが、無事に薬を飲ませることができたせいか、ようやく少しだけ表情を緩めた。
「あとは、眠れるようなら眠って。俺は、一度ラトス様の様子見てくる」
「……分かった」
本当のことを言えば、眠るまでそばにいて欲しかった。だが、自分のせいでラトスまでケガを負っている現状で、そんな甘えたことは言えない。寝室を出ていこうとするセイアの後ろ姿を見ていると、ふいに部屋の外でガタリと大きな音がした。
「え、誰かいる?」
セイアが急いで部屋の外に出ると、そこにいた誰かが小さな悲鳴を上げた。
「ちょ、ちょっと離してよ!様子見に来ただけよ、ほっといて!」
甲高い少女の声……ティファの声だ。どうやらセイアに腕を掴まれたらしい。てっきり、もう帰ったのだと思っていた。そして、話している二人は分かっていないのかもしれないが、この位置で話していると二人のやり取りは丸聞こえだ。
「ちょうど良かった。俺、少しの間一階に降りて、ラトス様のケガ治すからさ。アリアの様子、見ててくれる?熱が高いから心配だし」
「なんであたしが!知らないわよ、第一アリアだって、あたしの顔なんか見たくないでしょ」
「そんなことないと思うよ。ティファ、さっき『アリアに謝りたい』って言ってたじゃん。さくっと謝ってきちゃいなよ、今ならアリアも、熱でぼんやりしてるしさ」
(聞こえてんぞ、セイ……)
こうやってこいつは、誰にでも優しいんだからなぁ。少し拗ねた気持ちでそんなことを考えていると、セイアが階段を降りていく音がした後、いかにもおずおずとした様子で、寝室にティファが入ってきた。




