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その34

 すると、再び階段の方で物音がした。


「アリア、大丈夫か?」「お邪魔するよ」


 ラトスとシンシアが、そろって寝室へと入ってきた。


「ラトス様、ケガしてるんだから動かない方がいいですよ。お待たせしてすみません、アリアの治療が一段落したらすぐ行きますから」


 セイアが慌てて声を掛けたが、ラトスは険しい顔で首を振った。


「ただのかすり傷だ。俺はいいから、おまえはアリアの方をしっかり診てやれ。……すまん、連中の情報は入っていたのに、俺の判断が甘かった」


 ラトスは、濃い疲労の色を浮かべた表情で、アリアのベッドへと近づき、額に手を当てた。


「なんでこんなに熱が高いんだ。ケガだけでこんな風になるのか」

「毒らしいですよ。高熱と痺れだそうです」

「毒って……大丈夫なのか⁉」

「なんとも……刺したヤツは『死ぬような毒じゃない』と言っていたらしいので、今はそれを信じるしか。解熱剤とかあるとありがたいんですが」


 セイアの答えを聞いて、後ろから心配そうにのぞき込んでいたシンシアが声を上げた。


「じゃあ私がひとっ走り中央国まで行ってくる。セラディーズの医務室からもらってきた方が早いだろ」

「ほんとですか。ありがとうございます、お願いします!」


 すぐにシンシアの姿が赤い光を伴って、一瞬後に消えた。ラトスはアリアを無言でしばらく見つめたあと、セイアに向かって「アリアを頼む」と低い声で告げて、寝室を出て行った。


 部屋に静寂が落ちた。シルヴィアが後ろに下がり、セイアが治療を再開する。横になっているだけなのに、熱のせいで周囲がぐらりと歪む。


(何だったんだろう、狐面のあいつら……ラトス様は知り合いみたいだった。シンシア様も)


 ぼんやりと考えていると、「アリア」と横からセイアの強い声がして、思考を遮られた。

「今はできるだけ、頭を空っぽにして。考え事をしてると、身体も休まらない」


 そんなことを言われても、こんなに一気にいろいろなことが起きて、『頭を空っぽ』とかできるものだろうか。眠ることができればいいのだが、興奮状態と高熱とで、鼓動は早く呼吸も浅い。だが、幸いにもセイアの治療のお陰で、傷の痛みは徐々に薄らいできた。


 水枕の冷たさを感じながら、できるだけ何も考えないように部屋の一点を見つめていると、ふいに寝室に明るい赤い光が戻ってきた。


「お待たせ。薬、持ってきたぞ」

 シンシアだ。「早かったですね」と驚くセイアに、彼女は薬の包みらしきものを手渡した。


「薬剤師に、あまり副作用がないものを選んでもらった。即効性はないかも知れないけど、ゆっくり確実に身体を楽にしてくれる、ということだ。飲ませてやって」


 そう言って、シンシアは後ろを振り返り、ベッドから少し離れて立つシルヴィアに声を掛けた。


「シルヴィア、ラトスの方へ行ってあげなくていいのか?」


 シルヴィアは小さな声でそれに答えた。

「……行っていいのか、分からないの。アリアのことも心配だし、それに……ラトスの中には今、ステアさんがいるわ」


 迷うような、心もとない声だった。シンシアはそれを聞くと、大きなため息をついた。


「私も経験があるから言うが、死んだ恋人の存在っていうのは、結構厄介だぞ。いつまで経っても若くてきれいな思い出のままだ。そんなものに座を明け渡していいのか?」

「…………」

「あいつが、選んだんだろ。シルヴィアがいいって。だったら今更出てきたステアの亡霊なんかに、でかい顔をさせておくな。……生きて隣にいるのが誰なのか、ちゃんとあいつに、分からせてやって」


 ぼんやりとそれを聞いていたアリアも、ハッとした。あまりちゃんと声は出なかったが、「シルヴァ」と傍らに呼びかけた。


「俺は、大丈夫だから。ラトス様のそばに、行ってあげて」


 その掠れた声を聞いて、シルヴィアは驚いたように顔を上げた。そして、無理やりきゅっと笑顔を作ると、ベッドに近付き、熱で火照るアリアの頬に軽く触れた。


「ありがと、アリア。何かあったら、すぐ呼んで」


 そして、パタパタと足音を立てて、寝室を出て行った。

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