その33
気が付いた時には、『アルテミス』の二階の寝室、自分のベッドに寝かされていた。アリアは薄く目を開き、腕を上げようとした。捕縛は解かれている……でも、全く動けない。そして、背中の中央辺りに激痛を感じ、小さくうめいた。
目の前が揺れ、喉が張り付くように乾き、うまく息が吸えない。ただ、二人乗りワープ特有の悪心の症状は、全身症状が悪過ぎるせいであまり感じられなかった
身体が熱い。肘から下、膝から下が震えるように痺れ、感覚も鈍い。目を閉じて浅い呼吸を繰り返していると、ベッドの横からふいに叫ぶような声がした。
「シルヴィアさん、アリアの意識が戻りました!」
(セイア……)
何とかもう一度目を開けると、上からセイアが覗き込んでいるのが見えた。アリアはホッとしたが、セイアは緊張で強張った顔をしていた。彼の冷たい、少し骨ばった手が額に触れる。その冷たさだけで、今の自分がかつてないほどの高熱を出していることが分かる。
「……少し、身体動かすよ。痛いけど我慢して。まずは背中の傷を治すから」
アリアは顔をしかめつつ、何とか声は抑えて、セイアの手に助けられながら身体を横向きにした。今から傷を治すのなら、気を失っていたのはほんの短い時間だったのだろう。
「ただのケガにしては、熱が高すぎるよな。四十度以上ある……アリア、喋れる?刺したヤツ、何か言ってた?」
声を出そうとしたが、かすれた息のようなものしか出なかった。セイアが顔を近づけたので、何とか口を開く。
「……毒を、塗ったって……しびれと、高い熱が出るけど、死にはしないって」
ちゃんとした音声にはならなったが、どうやら伝わったらしい。セイアは眉を寄せ、口元に手を当てて考えこんだ。
「やっぱり毒か……解毒剤って言っても、何の毒かも分からないんじゃなぁ……せめて解熱剤か。熱が下がれば、少しは楽になるし……」
「……俺、死ぬの?」
死なない毒、とは言われたが、あまりにも意識が心もとない。そもそも、エルディアが言っていたその情報が正しいのかも分からない。呟くようにそう問いかけると、セイアは睨むようにアリアを見た。
「死なせるわけないだろ。こっちはいろいろ言いたいこともあるんだからな」
そう言いながらも、背中の傷の治療を始めた。濡れた布で丁寧に傷を拭った後、手のひらをかざす。しばらくすると、傷がゆっくりと治ってくるのが感じられる。手のひらから出す光を当てて治癒を行う、セイアの一番得意とする魔法だ。話しかける口調はいつもよりも荒っぽいが、触れる手は優しい。
「傷自体はそこまで深くないかな。それでも少し時間はかかると思う……ったくあいつら、どういうつもりだよ。アリアは、前に会ったことあるの?」
「記憶は、ないけど……分かんない」
「そうか……それにしても、こんなやり方……」
その時、バタバタと誰かが慌ただしく階段を上がってくる足音がした。すぐに、シルヴィアが寝室に駆け込んでくる。
「ごめんセイア、遅くなって。水枕用意したから使って。あとこれ、濡れタオル」
「ありがとうございます!」
セイアはそう答えた後、口ごもるような様子になった。
「あの……シルヴィアさん。アリアなんですけど、ベルトとか緩めてもらってもいいですか。とりあえず血は止まってるので、一旦おれは離れます」
「あー、……はいはい、分かったわ。アリア、大丈夫?すごい熱ね、さっきよりも上がってるみたい……」
シルヴィアにベルトを緩めてもらい、ブラのホックを外してもらうと、それだけでも大分楽になった。頬に当たる水枕が冷たくて心地いい。
「シルヴィアさん、その……さっきは、すみませんでした」
ベッドから少し離れ、窓の近くに立ったセイアが、ふいにシルヴィアに話しかけた。
「え?あぁ、あれね。いや、私も気が利かなかったのよ、ごめんね」
「いや、そんなことないです。シルヴィアさんにあんな風に言う資格はないのに、冷静になれなくて……本当にすみません」
「……何の話?」
髪を撫でてくれているシルヴィアにそっと聞いてみたが、彼女はアリアの顔を覗き込んで笑顔を見せただけで、何も答えてくれなかった。




