その30
頬に、冷たい地面と雪の感覚が直に伝わってくる。倒れたアリアの目の前に、エルディアの物らしき足が見えた。変わった服装をしていると思ったが、足元も普通の靴とはだいぶ違う。もっと簡素な造りの、薄っぺらな履物だ。
彼はすぐそばに歩み寄ると、その場にしゃがみこんで、思いのほか静かな声でアリアに話しかけた。
「ごめんだけど、捕縛掛けさせて。もうワープ使う力もないだろうけど、逃げられるわけにはいかないんでね。念のため」
そう言うと、彼の手の平から金の光の糸がするすると伸びて、アリアの身体に絡みついた。
「なぁ、セナちゃん。シグアは、セナちゃんを組織に案内するつもりだったみたいだけど、俺はちょっと考えが違う。二次覚醒とか、興味ない?」
「………」
何の話をしているのかもよく分からなかったが、そもそも声を出す気力もなく、アリアは黙って覗き込まれるがままに彼の面を見た。
「覚醒は痛かったり苦しかったりすることでしか起きないからね。さっき毒入りナイフを刺したのは、まぁ、これで二次覚醒が起こったりしないかなって期待したからさ。俺自身は、残念ながらこれ以上強くなる見込みはない。スバル様に見込まれるような力は持っていないけれど、俺がセナちゃんを二次覚醒、三次覚醒へと導いてあげることができれば、ひょっとしたらひょっとするかなってね」
彼はそう言うと、アリアの髪をそっと手で漉いた。
「さ、わるな」
毒がまわってきたのか、それとも捕縛の影響だろうか。先ほどまではなかった妙な痺れが手や足の末端に現われてきた。激しい痛みも消えないが、頭の芯がぼうっとしてきて、意識が徐々に薄れていく。
「つれないなぁ。でももう声も出ないじゃん、かわいそうに。あったかいところに行こうな。安心して、俺と一緒に来た方が絶対セナちゃんのためになるから」
人を刺しておいて何を言ってる、と思ったが、そんな言葉を放つ余裕もない。そのまま、彼の腕がぐったりとしたアリアの身体を抱き上げようとした。
「エルディア、貴様!セナ様から離れろ!」
突然、耳元で怒号が響いた。エルディアの身体が横凪ぎに倒され、彼に中途半端に抱き上げられる体制だったアリアは、捕縛魔法をかけられたまま、どさりと地面に投げ出された。
「あれーシグア、もう復活?さっすが日頃から鍛えてるだけあるねぇ、体力お化け?」
「ふざけるな!忘れたのか、セナ様は我々の希望だぞ!こんな扱いをして、許されると思うか!」
目を少し上げると、鬼気迫る様子のシグアと、あくまでのんびりしたエルディアが対峙しているのが見えた。
「希望とか言うけどさ、結局セナちゃんダシにして、スバル様をおびき出そうって魂胆でしょ。それならいっそ、多少荒っぽくても上次元の覚醒を狙った方が、再会したスバル様もお喜びになるんじゃないかねぇ」
「それほど簡単に二次覚醒などできるものか。浅はかな連中ほど覚醒神話にうつつを抜かして、いったい今までにどれほどの魔術師が命を落としていると思っている!」
「……シグアは、セナちゃんがスバル様の娘だってちゃんと分かってんの?他のバカ連中と一緒にしてる?死ぬわけないじゃん、神様の娘がさぁ!」
(かみさまの、むすめ……)
ゆっくりと、目を閉じた。死ぬわけない?そうだろうか。何だかもう、身体の感覚が全て、自分から隔てられていくような気がする。このまま、死んでしまうんじゃないだろうか。
すぐそばで、シグアとエルディアの争う声がする。声はすぐに、何かがぶつかるような音へと変わった。薄く目を開くと、二人とも長い刀身の武器を手にしているのが見てとれた。刃の部分が、シグアは赤、エルディアは黄の強い光を放っている。魔法で強化した剣だろう。アリア自身は使ったことがないが、過去に一度見たことはある。強化と言っても、よほど力のある魔術師でない限り、威力が格段に上がるとかいうこともない。狙った相手へ刃先が届きやすくなる、と聞いたことがある。
(仲間割れか……いい気なもんだな……)
ぼんやりとそう思ったとたん、一瞬エルディアがちらりとこちらへ視線を投げた。次の瞬間には、ふわっと目の前に金の光が満ちる。ハッとしたが、もちろん身動きはできない。
「まったく、お堅いシグアには付き合ってらんないね。俺は勝手にやらせてもらうよ。やっほーセナちゃん、独り占め―!」
少し離れていたはずのエルディアが、すぐ傍にいた。そのまま、彼はアリアへと手を伸ばす。アリアは思考が停止したような状態のまま、彼が伸ばす手をぼんやりと見ていた。
ばんっ!
――――――空間を裂くような音と共に、目の前が、いきなり真っ青に染まった。
あまりの眩しさに目を閉じる。瞼の裏が、チカチカと点滅した。「うわっ⁉」というエルディアの驚いた様な声の後は、何も聞こえない。




