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その29

 気を失う一歩手前のアリアの耳に、突然、少女の悲鳴が飛び込んできた。アリアはハッとしてそちらを見た。


「ちょっと、何やってんの⁉どういうことよこれ!」


 霞む視界の中に、愕然と立ちすくむティファの姿があった。


「アリアと話をするだけだって、そう言ったじゃない!こんなの、聞いてない!」

「……戻ってきたのか、立ち去れと言っただろう。金も、渡したはずだ。友人を売ったくせに、よく恥ずかしげもなく」

「うるさい、いらないわよこんなの!見損なわないで」


 ティファはそう叫ぶと、地面に封筒を叩きつけた。


「顔も出さない卑怯者が、偉そうに。アリアを、離しなさいよ!」


 必死の形相で啖呵を切り、アリアの方へ走り寄ろうとした、その時。


「セナ様に近付くな、小娘が!」


 シグアと呼ばれた狐男の手から、勢いよく赤い光が噴出してティファの身体を薙ぎ払うように空を切った。だが、動くのはアリアの方が一瞬速かった。


(……ワープ、シールド、その後でインパクト、ワープ。大丈夫、間に合う)


 アリアは実戦経験が豊富なわけではない。だが、思い切りと反射神経の良さについては天賦の才がある。そして、毒と傷で重くなった体ではあったが、それでも瞬間的なワープを即座に発揮できるだけの能力と技術があった。


 一瞬でティファの前に立ちはだかり、緑色の膜を張った。防御魔法、シールドだ。これによって、シグアの繰り出した術を完璧に弾き返す。


(よし、インパクト!)


 タイミングを見て一度シールドを解除し、狐男に向かって、大きく右腕を振り上げた。体調が万全な時と比較すれば、威力はやや弱いかもしれない。だが、ちゃんと命中した。それなりに大柄のシグアの身体が、強い緑の光を受けて軽く吹っ飛ぶ。


「……アリア、」


 背後から、ティファが驚いたように声を掛けた。アリアは安心させるようにそちらへ笑顔を向けようとしたが、その瞬間、激痛が全身を貫いた。やや麻痺したようになっていた神経が、一気に覚醒し、悲鳴を上げたかのようだった。額にも腕にも脂汗が吹き出してくるのが分かる。


 できればティファも連れて二人乗りワープを使い、『アルテミス』まで戻れたらと思っていた。だが、とてもワープが使えるような状況ではない。集中力が足りない時に、ワープを使うのは危険だ。今のアリアは、立っているのがやっと、という有様だった。しかも、先ほど吹っ飛ばしたシグアは立ち直るのに少し時間がかかるだろうが、エルディアと呼ばれた男は、狐面の向こうから今もこちらを見据えている。


「すごいなぁセナちゃん。でも、ケガしてるんだし、あんまり無理しなさんな」


 のんびりとそんなことを言いながら、ゆっくりこちらへ近付いてくる。かろうじてシールドを張り直し、アリアは背後に向かって声を掛けた。


「逃げろ、ティファ」

「でも、アリアは!」

「俺は、大丈夫だから。……戻ってきてくれて、ありがと」


 一瞬だけティファへ目を遣り、何とか笑顔を作ることに成功した。ティファは何か言いたそうに口を開いたが、ぐっと息を呑み、アリアの目を見て小さく頷くと、背を向けて後方へと走り去った。


(……ここまで、かなぁ……)


 ティファを無事に逃がしてあげられただけでも、良かった。最後の力を使い切り、もうシールドも張れない。アリアは、その場に紙人形のように倒れこんだ。


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