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その25

「ここにいちゃ、ダメ?」


 下を向いたまま小さな声で尋ねると、社長がふっと微笑む気配があった。


「別にダメじゃない。それに、今すぐどうこうという訳でもない。……アリア、シルヴィアに紹介されておまえさんが初めて会社に来た時のこと、覚えてるか?」


 思い出話をするように聞かれ、頷いた。顔を上げると、社長は思いのほか真面目な顔をしていた。


「わしは正直、どうしようかと悩んでた。知ってのとおり、オズの法律ではよほど事情がない限り十五歳以上でないと仕事に就けないことになってる。十四歳の女の子、訳アリで警察のお尋ね者、いくらシルヴィアの頼みでもなぁ、ってな」


「でも断らなかったじゃん」


「まぁな。仮採用で一日体験した時の働きぶりを見て、思い切って採用を決めた。それほど真面目には見えないおまえさんが、一生懸命に働いてるのを見て……多分この子は、紹介したシルヴィアと仮採用を決めたわしの、二人分の期待に必死に応えようとしてるんだろう、と思ったから。いい子なんだろうな、と思ったよ」


 そんな風に言われても、なんと答えればいいのか分からない。アリアが黙っていると、社長は穏やかに言葉を繋いだ。


「おまえさんは、他でも十分やっていけると思うぞ。お尋ね者の間はずっとうちで匿ってるつもりだったが、もう警察から隠れなくてもいいんだろ?堂々と名前を出して、いろいろな場所で活動できる身分になったはずだ。何も遠慮せず、外の世界へ出られるんだぞ」


 励ますようにそう言われ、アリアは弱く首を振った。


「実はさ、俺、中央国(セントラル)へ来ないかって、ある人から誘われてるんだ」

「ほう、中央国へ」

「うん。セラディ・ソーサラーズっていう……社長は知ってるかな。宗教団体みたいな慈善団体みたいな、とにかく魔術師の集まり。強引に勧誘されてる訳じゃなくて、一度来てみてくれ、って。……でも、一度あそこに行けば、多分もう戻れない」


 社長は静かにアリアの言葉に耳を傾けていた。事務室の窓の外はすでに真っ暗で、強くなってきた風の音ばかりが響く。アリアは一口だけココアを飲み、甘い息を吐き出した。


「俺はさ、人の物や金を盗ったりするようになった頃から、とりあえず今日明日を生きられれば後はどうでもいい、って思うようになって。十歳から酒飲んでタバコ吸って、どうせ長生きなんかできないって思ってたし。ほんとに何もないんだよ、将来の夢みたいな……やりたいこともなりたいものも。だから中央国へ来て欲しい、みたいに言われても、どうすればいいのか分かんなくって」


 ラトスの言葉に迷うことなくついていければ、と思わないこともなかった。中央国の生活は、新しいことにあふれて、もしかしたらとても楽しいことが待っているのかもしれない。


 でも、とても怖かった。やっと手に入れた、地に足のついたこの暮らしを、馴染んできたこの町での生活を、手放したくなかった。


「お嫁さんになって、って言ってくれた人も、もういないしさ。どうせ一人で生きてくなら、この町がいい。そう思ってたんだけど……それじゃダメなのかな」


 その呟きは、社長へというよりはむしろ自分へ向けたものだった。だがそれを聞いて、社長はなぜかほんの少しだけ微笑した。


「それはちょっと冷たいんじゃないか、アリア。一緒に花火デートに出かけた子がいるんだろ。おまえさんの将来の設計図に、彼を入れてやる気はないのかい?」

「えっ……なんでそんなこと、社長まで知ってんの⁉」

「そりゃあ、ここは小さい町だからなぁ。うちの職場の連中だって、悪口こそ言わないが、噂話はそこそこ出回ってるぞ?」


 うわぁ、と一気に頬が熱くなった。社長は小さく笑うと、飲み終えたココアのカップを机に置き、そんなアリアの頭に軽く手を乗せた。


「彼氏が亡くなって、シルヴィアから『少しアリアを休ませたい』という話がきたとき、もう復職は無理だろうな、と思ってた。だがもしかしたらと思って、求人募集はかけなかった」


 よく戻ってきてくれたな、と頭を撫でられ、アリアは胸が詰まるような気持ちになった。


「それは、社長が『待ってる』って言ってくれたから」

「うん。おまえさんは責任感の強い、いい子だよ。……すまんな、そんな思い詰めた顔をさせるつもりじゃなかったんだ。ただ、おまえさんが思ってるより世界は広いし、道だってちゃんと開けていることを、分かって欲しくて」


 その言葉で、社長がこの話をするために、ずっと機会を伺っていたことが分かった。アリアは浮かんできた涙を何とか堪えると、顔を上げて頷いた。


「分かった、ちゃんと考える。ありがと」


 強い風の音がして、窓がきしんだ。心細くはあったが、ここを離れても一人きりになる訳じゃない、とやっと思えることができた。温かなココアの熱が、アリアの身体の中にふんわりと広がり、今よりもう少し素直で純粋だった子どもの頃に戻ったような気持ちになった。


     * * *


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