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その24

 ――――――そして夜。一日働き、何とか仕事を終えた、のだが。


(あー、本当に今日は、ダメだったなぁ……)


 結構なダメージを受ける大きなミスをした。ページを間違えて刷っていることに全く気付かず、ほとんど作業が終わりかけの頃、たまたま見回りに来ていた社長にミスを指摘された。ぼんやりしていたと言われても仕方がない。上質な紙を使っていたし、カラー印刷だった。難しい作業を任されてもいたのに。


 普段は温厚な社長にきつく叱られ、他の社員にも手伝ってもらって、何とか急いで仕事を仕上げた。終業時間を大幅にオーバーし、最後の方は一人だったが、どうにか明日の納期に間に合わせることができた。だが、無駄にしてしまった紙もインクも戻らない。


 自分自身にがっかりしながら一人で片付けをしていると、ふいに作業場の扉が開いた。


「アリア、終わったか?お疲れさん」


 社長だった。先ほどミスを見つけた時は険しい顔をしていたが、今はいつも通りの穏やかな笑顔を浮かべている。


「うん。後は、片付けだけ」

「そうか。じゃあ、終わったら事務室に来られるか?ちょっと話がある」


 そう言われ、少し緊張しながら頷いた。基本的に、業務時間外に呼ばれることはあまりない。お説教の続きだろうか。


 片付けを終えて事務室へ行くと、冷え込みの厳しい作業場とは違い、そこには温かなストーブが点いていた。何やら、ふんわりと懐かしい香りがする。柔らかな甘い香り。


「お、来たな。じゃあ適当にその辺に座って」


 社長はそう言うと、ストーブに乗っていた小さなミルクパンを下ろし、大きなマグカップに中身を注いでアリアに手渡した。


「今日は冷えるからな。冷めないうちに飲みなさい」


 丁寧に入れた、熱いココアだった。アリアはありがたく受け取ると、事務室の質素な椅子に腰を下ろした。


「……今日は、すみませんでした」

 ココアに口を付ける前に小さな声でそう言うと、社長は驚いたように目を瞬かせ、そのあと困ったように苦笑した。


「まぁ、怒っておいてこう言うのもなんだがな、あんまり気にするな。こんなミスの一つや二つ、誰でも一度はやってる」


 そう言うと、彼は自分の分のココアを注ぐと、アリアの前の椅子に腰を下ろした。飲みなさい、ともう一度促され、そろそろと熱いマグカップをを口に運ぶ。


(ココアとか飲むの、何年ぶりだろう……)


 思い出せないほど遠い昔の味がする。もう何年も、年齢よりも大人ぶって過ごしてきた。レイアをはじめとする友人も、二歳以上年上の子ばかり。早く大人になりなさい、なんて、誰かに言われた訳でもないのだけれど。

 甘い味と香りに感傷的になっていると、ふいに社長に話しかけられた。


「……ところでおまえさん、いつまでうちの会社にいようと思ってる?」


 それは、今日ミスをしたばかりのアリアを脅かすには十分な質問だった。


「え、………もしかして俺、クビ」

「ちがうちがう!せっかちだなまったく、誰もそんなこと言っとらんだろ!」


 怯えたように尋ね返すと、社長は慌てたように左手を大きく振った。そして、ココアを一口啜ると、深く長い息をついた。


「あのな、アリア。うちの会社はそれなりにいい会社だと、わしは思ってる。そりゃまぁ、贅沢を言えばキリはないが、小さいなりに居心地のいい職場環境を提供できてると思う。わしの誇りだ。……だがなぁ、うちにいる限りは、あまり高い給料は払えないぞ?」

「いや、給料とかは……まぁ高い方がいいけどさ。でも俺なんか雇ってくれて、ちゃんと毎月もらえてるんだから、これ以上は」

「俺なんか、って、本当にそう思ってるか?」


 社長の口調は決して強くはなかったが、そう遮られて、アリアの声はぴたりと止まった。


「本当にうちの会社でいいなら、何も言うことはない。職場の連中ともうまくやってるみたいだしな。だが、おまえさんは、魔術師だ。魔術師を忌み嫌う連中も、この世の中には少しはいる。だがそれ以上に、その力を役立てる場は多い。他に適職があることくらい、わしよりもおまえさんの方がずっと分かってるだろう」

「…………」


 あくまでも穏やかにそう言われ、アリアは下を向いた。確かに、この会社では他の人と同じようなことしかできない。自分が魔術師であることを活かそうと思うなら、もっと他に仕事を探すべきだ。だが、アリアはできるならずっとここにいたかった。

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