その23
そして次の朝。アリアは寝不足の目をこすりながら、『アルテミス』の扉を開いた。今日も仕事なので、眠くても出勤前に一度家に戻らないと、作業着に着替えられない。
昨夜は、レイアの家に泊めてもらった。何の理由もなく突然「泊めて」と言う訳にもいかず、レイアには簡単に状況を説明したのだが、ものすごく呆れた目で見られただけで、あっさり部屋には入れてもらえた。友人のありがたみを感じる。ただ、あまり口はきいてもらえなかった。
「あっ、おかえりアリア。あんた朝ごはんは?シリアルとか食べる?」
店内に入ると、すぐにシルヴィアが顔を出した。
「いいよ自分でやるから。ごめん、急に泊まるとか言って」
「それはまぁ、私は別に構わないけど。レイアの家、ご迷惑じゃなかったかしら。ちゃんとお礼言ってきた?」
適当に返事をしながら、キッチンに入り、シリアルに牛乳を注いだ。もう少し何か、できれば果物とか食べたいところだが、あまり時間もない。時計に目を遣って、ふと、テーブル席に死んだように突っ伏している男性に気付いた。
「……あれって、ラトス様?生きてる?」
小声でシルヴィアに話しかけると、困ったような苦笑が返ってきた。
「あの人お酒強くないのに、明らかに飲み過ぎよね。セイアには悪いことしたわ。ラトスに肩を貸して、一人で何とかここまで連れてきてくれたんだけど、酔ったラトスにいろいろとからまれて……私も接客中だったから、どうにもできなくてね」
「そっか。それで……セイアは?」
できるだけ何でもなさそうに尋ねると、シルヴィアは軽くため息をついてアリアを見た。
「ラトスが落ち着いたのを見計らって、ワープで北国に帰ったわ。ケンカでもしたの?」
「別にケンカって訳じゃないけど……」
シルヴィアから目を反らし、言葉を濁した。ラトスとセイアと一緒にいたはずのアリアが、突然レイアの家に泊まると電話をかけてきた時点で、おかしいとは思っていたのだろう。深く追求されないうちに、いそいそとシリアルの入ったボールを手に、ラトスのいるテーブル席へ移動する。
「おはようございます、ラトス様。大丈夫ですか」
声を掛けると、ラトスは土気色の顔を上げ、半目でこちらを見た。
「アリアか……あまり大丈夫とは、言い難いな」
「酒、弱いんですね。でも、前にセイアと飲んでた時は平気そうだったのに」
「あの時は、俺はほとんど飲んでなかったんだよ。セイアが心配だったしな。でも今回、酒に関してはあいつの方が強いことが分かった」
答える声が弱々しい。だがしかし、ただの二日酔いなので、気の毒にも思えない。昨夜の発言を思い返せば、いい気味ですらある。改めて文句を言いたい気持ちもあったが、それとは別に、アリアは少しラトスに聞いておきたいことがあった。
「ラトス様、俺の母親と付き合ってたって話、本当ですか」
シルヴィアが二階へ上がっていったことを確認したところで、小声で尋ねてみた。すると、ラトスは意
外にも、はっきりと驚きの表情を浮かべ、目を剥いてアリアを凝視した。
「―――――誰に聞いた?」
「は?いや、ラトス様ですけど」
「俺かぁ―――――――――‼」
絶叫。そして、またしてもばたりとテーブルに突っ伏すラトス。
「まさか覚えてないんですか?昨日のはた迷惑な発言も全部?」
「何の記憶もない……酒って怖いな、アリア……」
土気色の顔を更に青ざめさせているラトスは放っておいて、アリアはシリアルを食べ始めた。出勤時間が近づいているので、あまり時間もかけられない。
「一応念のため確認ですけど、ラトス様が俺の父親ってことはないんですか」
食べ進めつつそう尋ねると、ラトスはショックの色をを引きずったまま、明らかに嫌そうな顔でこちらを見た。
「あのな、おまえが本当に娘なら、俺だってその方がいいよ。おまえは親父さんに似過ぎてて、そこはもう疑う余地もないんだって。無神経なこと言うな」
「無神経って……その言葉、そのままそっくりラトス様にお返ししますよ。まぁ昨夜のこと何も覚えてない人に言っても仕方ないですけど」
「え、俺そんなひどいこと言ってた?いや言わなくていい、言わなくていいって!」
拒否するラトスには構わず、昨夜の問題発言を一言一句残らず再現してみせると、再度ばたりとテーブルに突っ伏した。これはこれで面白い。少し溜飲が下りた気がする。
「すまん……最低だ……最低の大人だ、俺は……」
「ほんとですよ。猛省してください、もし次こんなことがあればシルヴァにしゃべりますよ。……うわ、時間やばい!」
時計を確認し、慌てて立ち上がった。すっかり消し炭のようになっているラトスは放っておいて、二階へ駆け上がって作業着に着替え、急いで職場へ向かった。
そう言えば……昨夜はいろいろとバタバタしていて、予想外の新事実も判明したせいで、ケネイアが言っていた『狐』のことについてラトスに聞きそびれた。今の状態では、何に注意すればいいのかも分からないし、とにかく危険そうな物事には近づかないようにしよう。




