その21
二人の話が一区切りしたところで、間に挟まれて話を聞いていたセイアがラトスに話しかけた。
「でもラトス様、今まで結婚を考えた人とかいなかったんですか?モテそうなのに」
アリアは思わずセイアを見た。いくらなんでも失礼だろうと思ったが、酔っているセイアはあまり何も考えていないらしい。そしてそれを聞いたラトスも、特に気にする様子はない。
「そうだなあ、いないこともないが……まぁ俺は、結構長いこと、若い頃の元カノを引きずってたからな」
そう言って、自ら空いたグラスに酒を注いで飲み始めた。置かれたボトルを見ると、量が結構減っている。ラトスがどれくらい酒に強いか分からないが、少し気を付けていた方がいいかもしれない。つぶれて動けなくなったりしたら、困るのはアリアとセイアだ。
「元カノ?いたんですか?俺、ラトス様の浮いた話とか、聞いたことないですけど」
そんなことを尋ねながら、さりげなくボトルをラトスから遠ざけた。ついでに、近くにいたマスターに自分の分のカクテルを頼む。ラトスはグラスに口を付け、チラリと意味ありげにアリアの方を見た。
「おまえが知ってる訳ないだろ。もうこの世にもいないしな」
「……え、亡くなったんですか?」
ドキリとした。自分自身と重ね合わせ、ふいに息が苦しくなるのを感じた。だがラトスの次の言葉で、そんな感傷も吹っ飛んだ。
「だからさ。さっき写真見ただろ。ステアだよ、おまえの母ちゃん」
「―――――えぇっ⁉」
一瞬、何を言ってるのか分からなかった。理解できたとたん、思わず驚きの声を上げてしまった。意味もなくセイアを見ると、彼も驚いた顔をしている。
「アリアのお母さんって、その、さっきの写真の黄魔……様ですか。え、ラトス様の恋人?」
「だからそう言ってんだろ」
突然のことに、まったく理解が追い付かない。そうでなくとも、母親の存在自体、今日になるまで明らかではなかったのだ。
頭を整理しようとしているアリアの横で、セイアが驚きつつも納得したように呟いた。
「なるほど、ちょっとびっくりしたけど、写真の感じだと確かにシルヴィアさんと似てるかもしれないですね」
「そうかぁー?まぁ、似てるか、ちょっとだけ。ステアの方が気が強かったがな」
しみじみとそんなことを言ったラトスは、グラスをゆらゆら揺らしながら、更にアリアに向けて余計なことを吹き込んできた。
「おまえの親父さんにステアを寝取られて、できたのがまぁ、おまえだよな」
「寝取………」
絶句しているアリアの横で、セイアが盛大にむせている。そのセイアの様子を見て、ハッと我に返った。
おそらく自分以上に、セイアはこういう話に免疫がないに違いない。どう見てもラトスは許容範囲以上に酔っているし、ここを収めるのは自分の役回りだろう。
「あ、あの、ラトス様。一応俺たち未成年だし、そういう話は控えてもらえますか」
小声で、なるべくラトスの大人としての理性に訴えるように伝えたつもりだったが、結論として全く効果がなかった。逆効果と言っても過言ではない。
「なんだよカマトトぶりやがって。おまえらだってどうやったら子どもができるかくらい知ってんだろ。……あーそれともアレか、おまえらもう実践済かぁ?」
「……ラトス様、ちょっっと、黙ってもらえますか⁉」
とりあえず大声を出して立ち上がることで、ラトスのセクハラ暴言をぶった切った。一気に顔に血が上り、自分の頬が真っ赤になっているのが分かる。
とにかく、ラトスがかなり酒に弱いことはこれで分かった。素面では絶対に言わないだろう、配慮がないにもほどがある。
「す、すみません、ちょっとトイレ」
セイアが苦しそうにむせながら席を立った。その背中を見送りながら、アリアは更にラトスに向かって、必死に文句を言い続けた。
「やめてくださいよ、本当に。セイアと俺、今すごく微妙な関係なんですから。変なこと言わないでくださいっ」
だが、ラトスはそんなアリアの神経を逆撫でするように、にやにやと笑うばかりだった。先日ティファにやられたように、顔に水でもかけてやりたい。
「それはおまえの勝手な都合だろ。だいたい『付き合うのは保留にして』とか言いながら、キスは済ませてんだろ。セイアも気の毒になぁ、惚れた弱みで身勝手な女に振り回されて」
「……新年の祝福のキスですよ。別に、それ以上の意味なんてないし!」
それだけ言って、アリアは不貞腐れたようにすとんとスツールに座り直し、頬杖を突いた。我ながら、言い訳がましい。シルヴィアと言い、何度この話を蒸し返されるのか。
セイアは、どう思ってるのだろう。こんな風に噂を立てられて、面倒になったりしていないだろうか。今はこうやって自分に会いに来たりしてくれているけれど、だんだん『やっぱり告白とかしなければ良かった』と後悔する日が来るんじゃないだろうか。
「……どうぞ、『カマキリ』。お連れさん、大分酔ってますね。お水でもお出ししますか」
マスターがカクテルを置きながら、アリアにだけ聞こえるようにそっと耳打ちした。
「ありがと。そうしてもらえると助かる」
顔を上げてマスターに答えたアリアは、ふいに「あれ?」と、店の中を見回した。
(今、誰か知ってるヤツが横を通った気がしたんだけど)
そして、すぐにその答えが分かり、少なからずぎょっとした。店内のほぼ中央を突っ切る、薄茶色の巻き毛の少女。間違いなく、ティファだ。
更に、その彼女が向かう先を見た。店の奥の一番広いテーブル席を、アリアより少し年上の少年グループが陣取っている。彼らの中央でひときわ目立っているのは、ゼビアだ。今の今まで、全く気付かなかった。
おそらく、今のところアリアは二人には気付かれていない。カウンター席の隅の方、ここは案外目立たないと思う。可能なら、いや絶対に、気付かれないままここを立ち去りたい。




