その20
ラトスを問い詰めてやるつもりで、勢いよく『アルテミス』の扉を開いたアリアだったが、拍子抜けしたことに、すでにラトスもセイアもそこにはいなかった。
「お帰りーアリア。ごめんね、デートだったのにいっぱいお使い頼んじゃって」
キッチンからシルヴィアに声を掛けられた。今夜の開店に向けて、準備の真っ最中だ。
「いや、それは別にいいけど。ラトス様とセイアは?」
アリアはキッチンに入り、買ってきたものをとりあえず袋から出し始めた。そのまま店の手伝いに入るつもりだったが、シルヴィアにそれを止められた。
「今日はお手伝いはいいわ、アリア。ラトスとセイアは、今二人で『カマキリ』のお店に行ってるの。アリアもせっかくお休みなんだし、そっちに合流したら」
「え……でも、今日日曜だし、俺がいないと回んないだろ」
戸惑いながらアリアがそう言うと、シルヴィアは笑って首を振った。
「アリアは印刷会社の仕事もしてるし、ホントはお店まで手伝わせたら働かせすぎだなぁって思ってたのよ。今日はセイアも来てるんだし、こっちは私とキャティアに任せて。大丈夫よ、お客さんの量をこっちで調整すればいいんだから」
少し迷いはあったものの、せっかくシルヴィアがそう言ってくれているので、そうさせてもらうことにした。
『カマキリ』は、『アルテミス』から十分ほど歩いたところにある、大人向けのカフェバーだ。逆三角形の顔をしたミステリアスなマスターは、店の名前の由来について「ワタシ、子どもの頃からこれ以外のあだ名で呼ばれたことがありませんので」と、ひっそり呟く。
店名と同じ名前の、きれいな薄緑色をしたオリジナルカクテルは、野性的なミントとライムの香りが魅力で、アリアのお気に入りでもある。ラトスとセイアは、確か年末にもこの店で飲んでいたはずだ。
『カマキリ』の扉を開くと、思ったよりも店内が賑やかで驚いた。いつもはもう少し落ち着いた客層のイメージだが、今日は若い客が多いかもしれない。
ぐるりと店内を見回すと、ラトスとセイアはすぐに見つかった。二人でカウンター席で飲んでいる。込み入った話をしているようなら声を掛けにくいと思ったが、二人とも楽しそうに笑いながらグラスを傾けているので、少しホッとした。
二人の方に近付いていくと、予想以上に酔っぱらっていることが分かった……特にラトスが。
「セイアおまえ、アリアのこと大事にしてやれよ。弄んで捨てるようなことがあれば、俺が許さんからな」
「ははは、それはないですって。どっかの金髪メガネくんじゃないんですから」
機嫌よさそうに答えるセイアもまた、いい感じに出来上がっている。いったい何の会話をしているのだ、この二人は。
「俺も混ぜてもらっていいですかー」
少し大きめの声でそう言って、セイアの隣の席に座ると、二人は「おぉ!」と嬉しそうにアリアの方を見た。
「いいところに来たな、アリア。今、理想の彼氏の何たるかをこいつに叩き込んでやってるところだ」
そう言うラトスはすでに呂律があやしい。アリアが買い物をしている短時間に、どれほどのペースで飲むとこんなことになるのか、まったくもって分からない。
「いや、俺たち別に付き合ってないですから。だいたいラトス様、今は人のことより自分のことなんじゃないですか。シルヴァと付き合い始めたんでしょ」
アリアが切り込むと、ラトスはややバツの悪そうな顔になった。
「……なんだよ、何か文句でもあるのか。言っておくが、別におまえに断るようなことでもないからな。大人の恋愛に口を出すなよ、子どものくせに」
開き直ったようにそんなことを言い、一気にグラスを煽った。アリアにしても、別に文句を言うつもりはない。だが、単にからかっている訳でもない。
「口は出しますよ、シルヴァは大事な人なんですから。一応聞きますけど、真剣に付き合ってるんですよね?」
「当たり前だ、どっかの金髪メガネと一緒にするな」
「いちいちアレを引き合いに出さないでもらえますか、思い出すのも嫌なんですけど。……まぁ、とりあえず分かりました。泣かせたりしたら俺が黙ってないので、それは覚えておいてください」
さっきラトスがセイアに向けて言っていたようなことを、そのまま返すような形になった。真面目な口調で締めくくったアリアに対し、ラトスも表情を改め「分かった」と頷いた。
「ちゃんと大事にするし、幸せにする。そのつもりがなきゃ、この年で付き合ったりしない」
アリアもそれを聞いて、小さく頷いた。本当はあと二つか三つほど何か言っておきたい気がしたが、あとは本人たち次第だろう。
昨夜、幸せそうに酔っていたシルヴィアを思い出す。何の根拠もないけれど、きっと大丈夫な気がする。
「シルヴァのこと、よろしくお願いします」
「……おぅ、任せとけ」




