その19
買ったものを両手に抱えて『アルテミス』に向かっていると、ふいに後ろから声を掛けられた。
「おじょーうさん。重そうねぇ、お手伝いする?」
聞き慣れた声だ。アリアは振り返ると、そちらへ笑顔を向けた。
「さぼってんなよ、ケネイア。仕事中だろ」
思った通り、そこにいたのは知り合いのオカマだった。身長が高く、それなりに男らしい体つきではあるのだが、オネエ言葉が妙に似合う。もっとも、そう思うのはアリアが聞き慣れ過ぎただけかもしれない。
彼は、左腕に目立つ腕章を嵌めていた。黒地に鮮やかな青い星の腕章は、彼が警察官であることを示している。
「乾物が多いから、見た目ほど重くないよ。手伝ってもらうほどじゃないからさ、お巡りさんはパトロール頑張って」
そう言いながら、わざと「軽々」という風を装って荷物を上下させた。ケネイアの気持ちはありがたいが、彼を荷物持ちにして『アルテミス』まで送ってもらったら、なんとなく先に帰らせたセイアの機嫌が悪くなる気がする。
ケネイアは「そーお?」と言いながらアリアの隣に立つと、何やらもの言いたげに口元に手を当てた。
「アリア、変なこと聞くようだけど、最近何か変わったこととか、ない?その……後をつけられてるとか、妙な視線を感じるとか」
急に意外なことを尋ねられて、アリアは目を瞬かせた。
「特にないけど……なに、なんか警察に情報が入ってんの?」
「というか、アタシもよく分かんないのよ、教えてもらえなくて。ただ……ほら、年末辺りから『アルテミス』に出入りしてる男の魔術師さんがいるでしょ」
「セイア?」
「じゃなくて。こう、わりとがっしりした感じの、ちょっと渋めのイイ男」
そこまで言われて、ようやく誰のことを言っているのか分かった。同時に、少し嫌な予感がした。
「ラトス様のこと?そういやさっき、警察に寄ってきたって。何だか難しい顔してたけど」
アリアが言うと、ケネイアも眉をひそめて頷いた。
「彼、セラディ・ソーサラーズの神魔様なんでしょ。さっきうちに来て、グウェンさんと何か話してたのよね。アリアが『狐』に狙われてるんじゃないか、みたいな話がうっすらと聞こえてきて、彼が帰った後に何の話だったんですかって聞いてみたんだけど、はぐらかされちゃって」
「狙われてる?俺が?……え、『狐』?」
思わず大きな声が出て、慌てて周囲を見回した。まだ明るいが、ひっそりと夕闇がそこまで迫っているのを感じる。不意に心細い気持ちに襲われた。
……今回の件とは無関係だろうが、年末に路地裏に連れ込まれたのを嫌でも思い出す。平気なふりをしているものの、夜道を怖いと感じるようになってしまった。
今までは、危険を感じても、いざとなればワープで逃げればいいと高をくくっているところがあった。だが相手も魔術師ならそうはいかない。捕縛魔法をかけられてしまえば抵抗すらできない。自分の無力さと思い上がりを、あの一件で痛感させられた。
そもそも、『狐』とはなんだろう。記憶を探っても、何の心当たりもない。『狐』?
「ごめんね、不安にさせるようなこと言って。グウェンさんも神魔様も、まだ確信のない状態でアリアに余計な心配をかけたくないんだと思う。でも、ちょっと気を付けた方がいいわ。何もないならそれに越したことはないけど」
「分かった」
アリアが神妙な顔で頷くと、ケネイアはよしよし、とでも言いたげに彼女の頭を撫でた。
「アタシもパトロール頑張るからね!あんたも早くセイアと付き合っちゃいなさいよ。まぁ、あんたが守ってもらうようなタマじゃないのは分かるけど」
「えっと………」
答えに詰まっている間に、ケネイアは「じゃあね、何か分かったら知らせるわ」と言って、軽く手を振って離れていった。アリアは慌てて挨拶を返すと、急いで『アルテミス』へと足を向けた。
(なんだろう、狙われてるって……ラトス様も、教えてくれればいいのに)
アリアは昨年の秋に、以前やらかした数々の窃盗の罪で、ほんの少しの期間だが警察に拘留されていたことがある。ラトスの話だと、その情報が警察からセラディ・ソーサラーズへ送られたのだそうだ。それまでは死んだと思われていたアリアが、実は生きているらしいと分かって、ラトスは年末にここまでアリアを訪ねてきたのだ。
正直、自分が生きていようが死んでいようが、影響力があるとは思えない。だが母親が神魔だと分かれば、また話は違ってくる。『狐』が何者かはよく分からないが、狙うだけの理由があるのかもしれない。




