その16
表紙のファイアは、どこかの美しい湖畔をバックにして、自然な笑顔を見せていた。ぱっと見ただけでも、かなり上質な仕様であることがわかる。アリアは仮にも印刷会社に勤めているので、余計に細部が気になってしまう。まさかこんなに立派な写真集を出していたとは。
本が汚れないように料理や飲み物を少し退かして、シルヴィアは皆に見えるように写真集を広げた。ぱらぱらめくると、様々な表情のファイアが顔をのぞかせる。庭園のガゼボで本を開く横顔、バルコニーで朝焼けに目を細める姿、海辺で振り返るカメラ目線の微笑。
ファイアは、全体的に色素が薄い容姿をしている。肩にかかる長めの淡いプラチナブロンド、瞳の色は薄い緑だが、角度によって水色にも見える。肌は抜けるような透明感があり、成人男性と思えないほど細くて長い指先は、まるで精巧に作られた彫刻のようだ。
「美人過ぎる……特に顔が……すごくいい……」
圧倒されて語彙力がなくなっているシルヴィアはもちろんだが、セイアも横から覗き込んで息を呑んでいる。
「ほんとにすごくきれいな方ですね。まともに写真とか見るの初めてだけど、なんて言うか……神々しい」
「うーんでもまぁ、これはほら、写真集だからさ。さすがにここまで浮世離れしてなかったよ、ご本尊は。口開いて昼寝とかしてたし」
パンケーキをパクつきながら、横から口を出したのはシンシアだ。アリアにしても、まぁ同意見だった。ファイアが美青年だったことは揺るぎない事実だが、これはちょっと、作り過ぎな気がする。ラトスも同意を示すように何度も頷いている。
シンシアは更に続けた。
「こんなものが出てきたなら言っておくけど、一応、私はこいつの彼女だったんだよ」
「ええっ⁉」
シルヴィアは驚愕の声を上げた後、さすがに失礼だと思ったのだろう、「いやそういうつもりじゃなくて」と慌てて付け加えた。
「だ、だって、恋人がいるとかって、聞いたことなかったけど」
「伏せてたからね。というか、当時の上層部は本当にクソッタレでさ。私じゃファイアに釣り合わないから、絶対に公表するな、って。まぁ……分からなくはないけどさ、あんまりじゃない?」
アリアも初耳だった。シンシアとファイアが恋人同士であることは知っていたが、それは世間には秘密だったのか。
「ファイアは怒ってくれたけど……ただ、それでもセラディーズの中では私がファイアと付き合ってるのは薄々バレてて、私は女どもの物凄い嫉妬に晒されてたからね。どっちにしても公表は難しかったかも知れない」
「でも、おかしいですよね、そんなの」
アリアの言葉にセイアが大きく頷き、シンシアはそんな二人を見て少しだけ微笑んだ。
「なんでも行き過ぎると大変ってことかな。過ぎたるは何とやらって言うだろ。美人過ぎる男ってのも、罪なもんだよね」
シルヴィアは「そんなこともあったのね……」と呟きながら写真集に目を落とし、次のページを開いた。そして、そこに現れたファイアの姿に、少ししんみりしていた場の空気が一気に吹き飛んだ。
「えぇっ、いくら何でもこれはどうなの⁉」
シルヴィアが戸惑った声を上げたのも無理はない。そこにはページ見開きで、猫脚の白いバスタブに体を沈める美青年の姿があった。バスタブの中は真紅のバラの花びらで埋め尽くされて隠れているが、見えている部分に限って言えば裸の状態だ。そして、彼はなぜか少し困ったような顔で一本のバラを咥えていた。
「いやいやいや、ない、これはない」
「なんでこうなっちゃったんですか。これ、本人に拒否権とかないんですか?」
「誰かの強い希望があったんだろうねぇ。こんな困った顔するくらいならやらなきゃいいのに、頼まれると断れない人だからなぁ」
最初は戸惑っているだけだったのが、皆じわじわと笑いを堪えられなくなってきて、最終的に大笑いになってしまった。すでに亡くなっている人に対して、不謹慎極まりない。だが、ファイアがこの場に居たら、きっと彼自身も苦笑いで応じてくれそうな気がする。仕方ないだろ、あんまり見ないで、とか言って。
「あーおっかしい……あら、これって?」
笑いながらシルヴィアがめくったページの先には、またしても意外な写真があった。




