89話 蚊帳の外
次の日。
「おはよう、アッサー」
「おはよう、唯奈さん」
彼女は普通に登校してきて普通に挨拶を交わしてくれた。
唯奈さんはその後も続いて、美波、杏菜さんとみんなに挨拶を交わしていく。
そして最終的には見慣れた三人組が一つの机を囲んで談笑し始める。
すっかり見慣れたその光景はなぜだか久しぶりに見た気がした。
その理由はきっと――
考えながら虚空を見つめていると、机の上に置いてあるスマホが震える。
相手は大体予想がつく。
三人組の中で唯一、スマホをいじってる女の子。美波だ。
『どしたの?』
『そんな熱い視線向けて』
『別に向けてない』
『嘘つけ』
『どうせ唯奈ちゃんと何かあったんでしょ』
美波には後から伝えようと思っていたけど、やはり全てお見通しらしい。
『それで?』
『仲直りした』
『誰と?』
『唯奈さんと』
『なんて答えたの?』
『無理に嫌いになる必要はないって言った』
『ふーん』
『なんだよ』
『まぁ、樹が決めたことならそれでもいんじゃない?』
『別にハーレムエンドでも』
『本当に思ってるのかよ……』
『でも実際問題、唯奈ちゃんがそれでいいならいいと思う』
『うん』
『だけど、もしまたその時が来たらちゃんと応えてあげるんだよ』
『自分の意思で』
『うん』
『分かってるよ』
やっぱり美波は空気の読める女の子だ。
その証拠に美波は今知らないフリをして唯奈さんと話している。
何があったのかはまるで知らないように普通の友人として唯奈さんと接している。
おそらく彼女たちが友達を辞めることはもう二度とないのだろう。
一人で考えに耽っていると、またもやスマホが震える。
だが今回は美波からのものではない。何せ、美波は今唯奈さんと話しているからだ。
なら手持ち無沙汰の杏菜さんなのかと言うとそうでもなかった。
相手はまさかのつい最近会ったお父さんからだった。
『久しぶり樹』
『来週の休日、連休取れたからそっち帰るよ』
その文章を見た瞬間に思わず目を見開く。
『分かった』
『楽しみにしてる』
文字を打ちながら、心に秘める嬉しさを何とか抑え込む。
約束通りお父さんが帰ってきてくれる。
前例がないその出来事になんとも言えない愉悦感が押し寄せる。
もう今まで通り家族三人でいることは叶わないかもしれないけど、まだお父さんがいる。大切な家族がいる。
今まで通りとはいかなくても確実に一歩前進している。これからはお父さんと新しい思い出を作っていけばいいのだから。
スマホから視線を外し、顔を上げて虚空を見つめながら考えていると、ある誰かと目が合っていることに気がつく。
見覚えのある三人組の一人。杏菜さんだった。
綻んでいる顔を見られたかもしれない焦りで急いで目を逸らすが、なぜだか彼女の方も俺と同じく素早く目を逸らした。
そのちょっとした彼女の行動に少しだけ違和感を覚える。
杏菜さんの性格上、人から視線を逸らすとは考えにくい。
つまり何かあったと考えるのが妥当だけど……残念ながら今の俺にそれを知る術は持ち合わせていない。
俺は諦めてまたスマホに視線を落とした。
きっとそんな気に留めることでもないだろう。
◇◇◇
ふと目が合った彼から目を逸らしてしまった。
それがなぜかは私自身もよく分からない。
目が合った瞬間、勝手に視線が逃げてしまった。
アサくん……なぜか最近、彼のことを目で追うことが増えた。
特にこれといった明確な理由はないけど、なぜか追ってしまう。
強いて言うなら、アサくんは美波と異様に距離が近いし、ユイちゃんとも何か裏があるような気がする。
それが何かは分からないし、アサくん本人に聞くのも気が引ける。
それでも、美波とユイちゃん、そしてアサくんは当たり前だけど内容を知っている。
それが私には少しだけ寂しく感じた。
何だか私だけ……蚊帳の外にいるみたい……。
ふと、ある会話が耳に入ってくる。
「唯奈ちゃんもあれ好きなんだ」
「うん……最後のところが特にいい」
目の前で話す美波とユイちゃんが今では、私だけが全く知らない内容を話をしているように思えた。
二人と私の間で境界線がある気がした。




