86話 あの条件
唯奈さんから嫌われた次の日。
仲良かった人から急に嫌われるのは想像以上に現実味がなくて、まだ唯奈さんに話しかけても大丈夫だと勝手に錯覚してしまう。
でももう話しかけたら駄目なんだ。一緒にゲームをやるのも駄目なんだ。
そう。俺たちは初めてゲームをやる前の関係性に戻ったのだ。
もう彼女とは友達でもなんでもなく、赤の他人なのだ。
そんな悲しい事実に少々胸のつかえを感じながら、もうあまり頭に内容が入っていない漫画を見つめ続ける。
「樹?」
ベッドに座りながら別の漫画を読んでいる美波が不思議そうに名前を呼ぶ。
俺は美波の前の床に座っていたから、美波が俺の表情を見るのは容易なことだった。
「どうした?」
昨日の出来事をまるでなかったかのように平静を装うが、それは無意味に終わる。
「もしかして何かあった?」
どうやら美波には全てお見通しのようだ。
「実はさ――」
ここで隠しても仕方がないので、俺は観念するように昨日のいきさつを全て美波に話した。昨日の夜、公園で唯奈さんから呼び出されたことから嫌われることになったところまで全て。
「なるほどね。やっぱりそうだったんだ」
話した後の美波の反応としては不思議なものだった。
美波の反応からするに話を聞いたのは初めてだろうが、なぜかまるで知っているような言い草だ。
「知ってたの?」
「全然初耳」
「?」
「確信とまではいかないけど、二人の反応見てたら大体の予想がつく。それに唯奈ちゃんがまだ樹を好きなことは知ってたしね」
「なるほど」
つまりは女の勘というやつだ。
俺でさえ知らなかったことを勘だけで予想できるなんて……何だか今なら美波に考えてること全てを知られているような気がした。
「それでどうしたらいいか分からないの?」
やっぱり美波には全てお見通しだ。
「うん」
「こんな可愛い彼女がいるのに?」
「もちろん告白は断るつもり」
じゃないとそれこそ浮気になる。
「だけど……」
「唯奈ちゃんと友達は辞めたくないと?」
「……うん」
無論、面倒くさいことを言っているのは自覚している。だけど、告白一つでこれまでの関係がなくなるのは絶対に嫌だ。
「まぁ、たまには自分で考えてみなよ」
「え?」
「樹は私に頼りすぎだよ。それに今回私から樹にアドバイスできることは何もないしね。だからもし樹が唯奈ちゃんの告白を受け入れたとしても何も文句は言わない。樹が決めたことなら私は何でも――」
「ならなんで泣いてんだよ……」
でも確かに最近はずっと美波に頼りきりだった気がする。
自分で考えることを放棄していたわけじゃないけど、どうしても初めてのことが多くて誰かに相談したくなってしまった。
もう美波には頼らず自分で決める。けど……
「別に樹が決めたことなら私はなんだって……」
それだと美波の対応が必要になる。
まさか美波にもこんな一面があったとは思いもしなかった。
きっと美波は不安なんだろう。
もしも俺と別れるなんてことになったら、と。
一度俺も経験しているからその気持ちは痛いほど分かる。
だからこそ、
「安心して。あの条件は忘れてないから」
言った瞬間、少しだけ美波の肩が跳ねる。
これで安心してくれたらいいんだけど。
「別に私は何も言ってないけど」
そう言う美波の頬は少しだけ赤い。
「そうかよ」
「樹のくせに生意気だ……ボコボコにしてやる」
「ボコ、ボコ?」
一瞬リアルの方かと誤解しそうになるが、コントローラーを取り出す美波の姿を見るとすぐさまなんのことか理解する。
「かかってこい」
そうは言ったものの、今回の戦いでは俺が遅れを取る形となった。
理由としては、
「なぁ、距離近くないか?」
俺たちの肩が完全に密着する距離感だったからだ。
「そう? もう今更でしょ。それに寒いし」
「いや、暖房ついてんじゃん……」
「それとも何? 樹は私と触れ合いたくないの?」
「別にそうは言ってないけど……」
「それにこの状態の樹クソ弱いし」
「おい。やっぱ離れてやる」
「嘘だって。いや、嘘ではないんだけど」
「この野郎。次こそはボコしてやる」
そうしてその次の試合も俺は美波に負け続けるのだった。




