67.帰郷
――――帝城を出発してから一ヶ月後。
はやる気持ちを抑えつつ、ルカとレミッサはフェルティラ王国の東部に位置する商業都市メルケイトまで辿り着いた。砦村はここから馬車で一週間程度の場所にある。
悲しいかな、どんなに急いでも帝国から王国、そして東の端である砦村までの距離は如何ともし難い。
「ルカさーん! 少し休みましょー」
「レミッサ、後もう少しだから」
ずっと黙って付いてきたレミッサだったが、ルカが補給もそこそこに出発しようとしているのを引き止めて言った。
「無理して行っても、疲労でいざというとき動けないですよー」
レミッサは神官として自然災害などの支援にも赴いたことがあった。このまま休みなく行ってしまっては、助ける方であるルカが倒れてしまうと思ったのだ。
「あと、もう少しなんだ……もう少し……」
見慣れた景色の場所まで戻ってきてルカの気持ちは揺れている。
「もーっ!」
ガバッ――――
「レミッサ何を――――」
それでも先に進もうとするルカをレミッサはギュッと正面から抱きしめた。
その豊満な胸に抱かれ、一瞬で顔が赤くなるルカ。しかし段々と顔が青くなっていく。
レミッサの馬鹿力で抱き留められたルカは息が出来なくなっていた。
別の意味でジタバタするルカを押さえつけ淡々と語る。
「いいですかルカさん! 助けに行く者は万全で行かなければならないのです。もし向こうで倒れたら逆に迷惑が掛かってしまいます。だからこの街で情報の収集と休息、あと必要そうな物資をそろえて――――あれ?」
ルカはくたーっと脱力していた。
「ルカさーん!」
レミッサの声が通りに木霊する。
●○●○●
「……ここは?」
気がつくとルカはどこかのベッドに寝かされていた。
窓から入る日差しは西に傾いている。長い間寝ていたようだった。
ルカが動いたことに気づいたのか、誰かがやってきてルカの顔を覗き込んだ。
「おっ、気づいたか勇者様。女の胸でくたばるなんて憎いねー」
「ベルダさんでしたっけ?」
「おうよ。ここはギルドの救護所。レミッサちゃんが担いで来たときゃびっくりしたぞ」
ぷらーんと気絶したルカを担いで歩く女神官、実にシュールだ。
「レミッサは?」
「さっきまでいたんだが、何か食べ物を買いに行ったぞ。凄いお腹の音鳴らしてた。はっはっは」
食事も取らずに看病してくれていたようだ。ルカは申し訳ない気持ちになった。
「レミッサに謝らないと……」
「その……だな……事情は聞いたぜ」
言いずらそうに視線を外すベルタ。
「そうだ! 砦村は! 家族は……」
ルカはガバッと上半身を起き上がらせ、ベッド脇に立つベルダに詰め寄る。
「砦村は被害甚大だ。だが全滅はしていない。教会に逃げ込んだ一部の住民は無事だ。それで……ご両親だが……残念ながら死亡が確認されている」
ひゅっ――――
ルカは息を飲み項垂れた。エレオノーラから告げられた時点で安否不明と言われていたが、もしかしてという気持ちもあった。だが最寄りの都市であるメルケイトのギルドの情報であれば間違いはない。
「だがな、ルカ。君の父は魔人を倒した。沢山の住民を救ったんだ」
「魔人を……父が……」
まだ実感が湧かず呆然としているルカ。
「そうだ……妹は? ステラは?」
「ステラ? 確か死者の名簿にはなかったはずだが……」
ベルダが少し思い出すような素振りを見せながら答える。
「ステラ……生きていてくれ……」
ルカは少しの希望を見いだした。
ガラガラガラ――――
そのとき救護室の扉が開き、屋台の串焼きなど沢山の食べ物を両手に持ったレミッサが入ってきた。
ルカが起きていることに気づくと、駆け足で近づき。
「ルカさーん。良かった! 目が覚めたんですね。危うく勇者を倒してしまうところでしたー」
満面の笑みで回復を喜ぶレミッサ。
「ごめんねレミッサ。焦りすぎてたよ……」
「いいんですよー。ご家族のことですから。それに仲間じゃないですか! もっと頼ってください」
そう言ってレミッサは持っていた食料をベッド脇のテーブルにどんどん並べていく。
「ささっ、まずは腹ごしらえですー。ルカさんどれ食べたいですかー?」
いつものレミッサにルカはホッとして気持ちになった。
●○●○●
ガタッ、ゴトッ――――
馬車の車輪が石を踏み揺れる。
商業都市メルケイトを出発して一時間ほど経つ。街の周辺の道は整備されているが、辺境に向かうこの道は長年人や馬車が通り続けた結果道となったような未整備の路面である。
「ビス爺、馬車を出してくれてありがとう」
「なに、構わんよ。約束しておったからの。帰る時も乗せてってやると」
御者席からビスが振り返る。
「すみません、オレまで乗せてもらっちゃって……」
一人の男性が恐縮そうにお礼を言う。
「二人が三人になったところで変わらん変わらん」
この男性は家出状態だった砦村近くの村の村長の息子。ちょうどルカが旅立ちのときに村長の妻から手紙を預かり、メルケイトのギルドまで届けたその宛先の人物だ。
「どうしてもこの目で確認したくて……」
今回の大侵攻。被害は当然砦村だけに留まらない。砦村は伝鳥便の拠点になっていることから情報がメルケイトまで入ってくるが、その途中の小さな村々の情報はほとんど入ってきていないのが現状だ。
それに加え、大侵攻は瓦解したが魔物や魔獣が多い状態は今も続き、気軽に一人で向かうことは危険である。実際、定期の馬車便も休止状態である。
今回、ルカの要望を受けビスが馬車を出すことが決まったことを耳にした村長の息子ビルが、何とか自分も乗せていってほしいと頼み込んだのであった。
「ビルさんはどちらのご出身でー?」
レミッサがビルに尋ねる。
「オレは砦村の一つ手前にある小さな村です」
少し寂しそうな目で彼は答えた。
「両親と喧嘩別れみたいな状態でメルケイトまで出てきて、最近手紙で仲直りが出来たんですけど……直接会う前にこんなことになってしまって……」
ビルは俯く。
「直ぐに駆けつけようとしたんですけど、彼女に止められまして。危険すぎると。今思えば止めてもらって良かったです」
●○●○●
――――商業都市メルケイトを出発して六日。
「ああ……」
村の入り口に立ったビルは立ち尽くしていた。
無事な建物が見当たらない程、壊し尽くされた家々。荒れ果てた村の中、野生動物が崩れた家の残骸を漁っている様子が見える。
「父さん! 母さん!」
ビルは実家に向け走り出した。
軍の討伐隊が既に来たのか、見渡す限り魔物はいないようだが念のためルカも付いていく。
「ああ……くっ」
早足が次第に遅くなり、ビルは一軒の崩れた家の前で立ち止まった。
「ここは……」
ルカも一度お邪魔したことがあったため見覚えがあった。しかし、今は無残に潰れた残骸があるのみだ。
ルカが立ち尽くすビルから離れ視線を反らすと、一軒無事な建物があった。
「あれ? 何であれだけ無事なんだ? ビルさん!」
「ぐすっ……はい、何でしょう?」
「あの建物」
ルカが指を差すのにつられビルの視線が建物を捉える。
「あれは……倉庫」
ビルは再び走り出した。
倉庫の周りには以前来たときには無かった魔除けの杭がびっちりと地面に打たれていた。
ルカもそちらに向かう。すると動いている人が見えてきた。
「父さん! 母さん!」
「「ビル!?」」
突然現れた息子に驚きつつも、村長である父と母はしっかりと抱きしめた。
「良かった……良かった……」
止めどなく流れる涙をそのままに三人はしばらく抱き合っていた。
●○●○●
「勇者様、また会えて嬉しいです」
村長がルカと握手する。
「ありがとうございます。それにしても良くご無事でしたね」
周囲には村人の姿も見える。
「全員という訳にはいきませんでしたが……幸運なことに村を守る魔除けの杭の交換用の杭が少し前に届いてまして、それを倉庫に入れていたところ、ここだけ難を逃れたのです」
本来、ある程度間隔を開けて村の周囲に刺すことで魔物の侵入を抑える魔除けの杭。それが全て一カ所にあったため強力な魔物や魔獣でさえも近寄らなかったようだ。
「それにここは村の倉庫。食料も残りました」
神様の思し召しです、と村長は笑った。
ルカとレミッサはビルとこの村で別れ、村を後にした。
●○●○●
――――一日後。
荷馬車の上に立ち、道の先を眺めるルカ。
砦村が近づくにつれ、やはりゆっくり座ってはいられない様子であった。
「ステラ……」
「きっと大丈夫ですよ、ルカさん。一ヶ月以上経って死亡者名簿に載ってないのですから」
ルカの左手を握り座らせるレミッサ。
この時点で砦村が襲われてから二月近くの時が流れていた。ようやく軍による魔物と魔獣の討伐が大部分で終わり、物資が各地に行き渡るようになってきた頃である。まだ許可を得た者しか行き来することは出来ないが。
そうこうしている間に、砦村の城壁が見える距離までルカはやってきた。
遠目でも見ても、全体としては健在であるが、あちらこちら破壊された跡や焼け焦げた痕などが見える。
本当は、次に帰郷する時には沢山の思い出話と共に帰ろうと思っていたのだが、こんなことになるとはまったくの予想外である。
――――馬車が砦村の門を潜る。
口を一文字に結び神妙な顔でルカは帰郷を果たした。
「おっ、ビス爺さん久しぶりだな? って、おい! ルカじゃねえか! みんな! ルカが帰ってきたぞ!」
ある町人がビスに気づき近づいてきた。すると荷馬車に乗っていたルカに気づき驚きの声を上げた。
その声を聞いた人々が集まってきて、荷馬車を取り囲んで歓声を上げる。
辺りは崩れた建物が多く、瓦礫が散乱していた。集まってきた人たちもどこか薄汚れた様子だ。
だが、生きている。壊滅的と聞き諦めかけていた知人、友人の姿も見える。
「魔王討伐おめでとう! ありがとう!」
あちらこちらからルカを称える声が響く。
「おいっ! 誰かステラちゃんに知らせてやれ! 教会に居るはずだ!」
「!! ステラだって!? 生きてるの!?」
ルカは荷馬車の上から乗り出し、声のした方に叫ぶ。
「ああ、無事だ! 教会に居るよ!」
誰かが答え、教会の方を指差した。
ルカはそれを聞くと荷馬車に座り直し顔を手で覆った。
「本当に良かった……」
ビスは馬車を教会の方へ向ける。
ガタッ、ゴト、バキ――――
折れた木材やらガラスやらを馬車の車輪が踏み越えて行く。
少し行ったところでビスは馬車は止めた。
ルカが馬車が止まったことに気づき顔を上げると――――
「お兄ちゃん!」
教会から妹のステラが駆け寄ってきた。
後ろにはハイリスとアンナもいる。
「ステラっ!」
「お兄ちゃん! お父さんが、お母さんが! うぁああ――――」
ルカは荷馬車から飛び降り、駆け寄るとステラを抱きしめた。
抱きしめられたステラは、ルカの胸でわんわんと泣き出した。ずっと我慢してきたのだろう。ルカも妹にまた会うことが出来て涙を流している。
「お帰りルカ……魔王を倒したんだってな。おめでとう。そしてお帰り」
本当は父ルシウスと母エレナが何より言いたかった言葉であろう。しかし彼らはいない。代わりにハイリスがルカを迎えた。
ルカは今だ泣き止まないステラを抱きしめながら、顔を上げ言った。
「ただいま先生。アンナさん」
これは勇者と魔王の物語。魔王は勇者によって倒された。しかし、物語は終わっても現実は続いていく。決して幸せなことばかりではないけれど未来に向けて続いていく。より良い未来を信じて。
次回更新は7/23予定です。




