57.魔王城突撃
――――一週間後。
念入りに陣地の防衛装備を固め、加えて周辺の魔物と魔獣の討伐を行ったのち、主力部隊とルカ一行は魔族領に向けて出発した。
魔族領、大陸最北の地。
そこは針葉樹林の森と、低草が茂る草原が広がる何もない土地であった。
周囲を警戒しながら進む。しかし、予想外に魔物や魔獣が少ない。散発的な遭遇はあるものの大規模な襲撃は今の一度もなかった。
「全然いないね」
「そうね、他の場所で手一杯なのかしら」
弓を手に周囲を見回すアイシャが言う。
「ねえレミッサ。魔王城ってどんなとこなの? 知ってる?」
ルカが目的地である魔王城について聞く。
「魔王城ですかー? 魔王城って一般的に呼ばれてますけどー、実際は古い時代の修道院らしいですよー」
「へー、そうなんだ」
「百年前、炎の勇者が到達した時の記録に書いてあるそうですー」
――――炎の勇者
百年前に誕生し、人類史上初めて魔王に到達したと言われる勇者。更に古い時代の水の勇者と並び、様々な伝承が残る有名な勇者である。
しかし、そんな炎の勇者も、そしてそのパーティーメンバーも帰っては来なかった。
そのため、魔王は今も健在とされている。
●○●○●
しばらく歩くと小高い丘に辿り着いた。下草も短く遠くまで良く見渡せる。
サラサラ――――
草原を風が撫でていく音が気持ちよい。
ただ見渡す限り何もいない。魔物も魔獣も動物すら。生き物の気配がしないのだ。
そんな奇妙な場所に一同は戸惑いながらも前へ進む。
「あっ、あれじゃないですかー? 魔王城?」
おでこに手を当てて、んーと目を凝らしていたレミッサが言った。
「えっ? どこ?」
「あそこですー」
ルカが聞き返すとレミッサは、うーと腕を目一杯伸ばし大陸北限の断崖の方を指差した。指差す方向をよく見ると、確かに小さく建物が見える。建物の向こうは極寒の海だ。
建物は雪が溜まらないように尖った三角屋根をしていて、低い建物と高い塔屋がつながったような形をしていた。高い塔屋は鐘が入っているのであろうか?
そんな典型的な修道院の建物が今は向かうべき魔王城らしい。
「敵がいないのであれば好都合です。物量で押し切りましょう」
この部隊を率いる指揮官が、斥候の報告内容を聞きながらルカに言った。
「ええ、でも慎重に。罠がないとも限りませんから」
ルカとしてもあの修道院の建物に百人近い魔人がいるとも思えない。人数差を生かして戦えたら心強いと感じていた。
しかし、あまりにも何もない現状に少し違和感も感じていた。本拠地までもう少しの距離に近づいているのに変化がない。何か罠が仕掛けられているのであろうか?
「とにかく慎重に先を急ぎましょう」
「ええ」
指揮官は踵を返すと「休憩終わり」と全体に告げ進軍準備に入った。
●○●○●
――――進軍を開始しようと隊列を整えているその時。
ズガガガ、ガッシャーン――――
黒い雷撃が突如、軍を真っ二つに薙いだ。プレートアーマに身を包んだ重武装の兵たちが宙を舞う。十数人が巻き込まれたようだ。
発射地点を追い空を見上げると、黒い点がポツンと見えていた。それは段々と降下してきて人型であることが分かった。
「人類が攻めてきたって聞いてきたけど、大したこと無いじゃないか」
スタッと地面に着地し周囲を見渡す魔人。
「勇者もいるんだって――――」
「包囲しろ!」
指揮官の号令で兵たちは、大楯を持つ盾兵を前に魔人を包囲した。
「お前は魔王配下の魔人か?」
後方から司令官が誰何する。
その声に苦笑を隠さない魔人は答える。
「魔王だって? 大層な名前を付けたもんだね。あんな小心者に」
「何? お前は魔王の配下じゃないのか?」
魔人は少し考える素振りをする。
「んーそうだね。人類と戦争をする。面白そうだから乗ったってところかな? でもそういう意味では配下なのかもね? ははっ」
ズガガガ、ガッシャーン――――
魔人は笑いながら再び魔法を放った。
黒い雷撃を盾で受け止めた兵士は後ろに控えていた剣士諸共吹き飛ばされ、包囲の一角にぽっかり穴が空いた。
「うぅっ…………」
吹き飛ばされた兵士たちからくぐもった呻き声が聞こえる。幸いなことに死んではいないようだ。直ぐに衛生兵が駆け寄る。
「勇者様! ここは我々に任せて先にお進みください! 我らの目的は魔王の討伐です。ヤツは一人。これだけの戦力差があれば、ここに釘付けにすることくらいはやって見せます。さあ早く!」
「分かりました。どうかご無事で」
指揮官の言葉に頷くと、ルカたちは最北の修道院――――魔王城に向け走り出した。
「へえ、勇者と戦えると思ってたのに……まあいいさ、まずは君たちと遊んであげるよ」
後ろ髪を引かれつつ全力で走る。後方から雷撃の音が引っ切り無しに聞こえてくるが振り返らない。彼らのためにも一刻も早く魔王を打ち倒さなければ。
ルカは身体強化の魔法を掛け、より一層スピードを上げると壊れかけた修道院のドアを開いた。
●○●○●
「おや、お早い到着で」
ドアを開くとそこは、二階まで吹き抜けになっている広いホールだった。その中央にはかつてフリグスの街で出会った魔人、ウンブラが立っていた。
ウンブラは相変わらずシワ一つない燕尾服のような服に身を包み、まるで執事のような溶相だ。
「お前は……」
「また会いましたね勇者。この先には魔王様がいらっしゃいます通すわけには参りません」
ウンブラの言葉を信じるのであれば、魔王は実在しこの奧に居る。
「オレたちゃ魔王に用があるんだ! 通してもらうぜ!」
バルドが剣と盾を構えて戦闘態勢に入る。
それをルカは少し宥め、会話に応じているのに乗じて情報を聞き出そうと考えた。
「お前以外にも配下の魔人はここに居るのか?」
「いえ、今は誰も。一人居ましたが入れ違いになりましたね。彼は戦うのが好きですから、待っているのが性に合わなかったのです」
恐らく襲撃をしてきたあの魔人がウンブラの言う魔人のことだろう。
ちらっとレミッサの方を見る。彼女は首を縦に振った。
本当にこの場所には魔王を除き、他の魔人は居ないのだろう。
であれば、魔王への障害は目の前のウンブラただ一人だ。
「そろそろ始めましょうか?」
ウンブラから黒い瘴気がオーラのように立ち上った。
次回更新は6/18予定です。




