28.急報
「…………」
レミッサの思い出話、もとい惨劇を、途中ギルド職員の補足を挟みながら聞いたルカは言葉が出なかった。
「……なんで……怖くないの? 竜だよ?」
「?? 怖いのは助かる命を目の前で失うことです。命さえあれば私は助けることができますから」
優しく微笑むその笑顔の裏に確かな覚悟が見えたような気がルカはした。
レミッサは少し真面目な表情になり続きを語り始めた。
「私、子どもの時に竜に食べられたことがあるんです。正確には体半分咥えられたってところでしたが……でも父も母も、弟も食べられちゃいました……」
レミッサは幼少期、家族で暮らしていた村が竜に襲われた。両親を含む親しい村人が目の前で喰われてしまった。自身も体半分口に咥えられたが、ギリギリ軍の救助が間に合い生還したのだった。
その後、孤児として教会で育てられるが、後遺症として恐怖心を失ってしまった。また、竜に対しては特に攻撃的に出てしまう。
その様子は自身の安全を返り見ておらずとても危なっかしい。
竜の出た戦場で遠ざけられた理由の一つは、惨劇を作り出すからであるが、一歩間違えば命を落とすような戦い方を危険視されたのも理由である。
ただ、そんなレミッサの行動によって助かった命もあることは確かではあるのだが。
「……レミッサ、お願いだよ……僕もこれからは一緒に戦うから、一人で危ないことはしないでよ……」
「……分かりました」
ルカの懇願に、薄ら笑みを浮かべながら頷いたレミッサ。
だが、実際の戦場ではどうなるかは分からない。自分が強くなってレミッサが無理をしないで良いと安心してもらわないと、と決意を改めるルカであった。
●○●○●
――――レミッサの過去を聞いてから一週間が経った頃。
もう少しで次の町が見えてくるというところで野犬に出くわした。
「「ヴゥーー」」
五頭の野犬がこちらを警戒して唸っている。内三頭は子犬だ。
「うーん。どうしようか?」
「何がです?」
ルカが隣のレミッサに目を向けると、彼女は然も当然のように戦闘態勢に入っていた。
「いや、追っ払えばいいかなって」
ここまで大分歩いてきたので少し疲れている。野犬はすばしっこく全て倒すのは骨が折れる。戦闘にならないなら超したことはない。
そもそも魔獣でもないので、一般人でも追っ払える。見逃しても危険は少ない。
「レミッサ、落ち着かせる神聖術ってない?」
「ありますよー」
「じゃあ、それを使ってもらって落ち着かせたら、人が居ない方に追っ払っちゃおう」
「いいですよー」
レミッサが詠唱を始めると薄ら光が広がり、野犬たちの唸り声が収まる。なんだかぽわぽわと眠そうな雰囲気だ。
ルカがすかさず野犬たちに近づき、噛まれないように注意しながら、剣で鞘を叩いて音を鳴らしつつ人の居ない方向へ誘導すると、すんなり去って行ってくれた。
「ふー。戦闘にならなくて良かった」
「死骸を埋めるのも面倒ですからねー」
レミッサも一仕事終えたように額の汗を拭う素振りを見せながら同意する。
「さあ、行こうか? もうすぐ町なはずだから、今夜は宿に泊まれるよ」
「ようやく野宿から解放されますー」
満面の笑みで万歳をしている。どこでも一瞬で眠れる彼女でも野宿は寝心地が悪いようだ。
●○●○●
ザワザワ――――
ルカたちがギルドに入ると、何だか中が騒がしかった。
一人の女性が興奮したように早口で捲し立てている。
「落ち着いてください!」
その騒ぎの輪に近づいて女性を見る。独特なゆったりとした前合わせの民族衣装に身を包み、ボブカットな髪はやや緑っぽく、髪から覗く耳は笹状に長い特徴的な形をしていた。エルフである。
────エルフ族。
この世界に存在する人類四種族の一角。人族、小人族、ドワーフ族、そしてエルフ族。ルカとレミッサは人族、砦村に来ていた定期馬車便の御者のビスは小人族だ。
ちなみに通称として魔人、魔物、魔獣を引っくるめて魔族と呼んでいるが、正式な種族としては含まれていない。
エルフの特徴として四種族の中で最も寿命が長く、魔法に長けている。容姿端麗で耳が他の種族に比べ笹状にやや長く、森を住処としているため男女共スレンダーな体型で身軽なのが特徴だ。
「これが落ち着いてられますか!! 既に里には魔物の大軍が来ているのです! 援軍を!!」
エルフの女性をなだめるも、一刻の猶予も無い状況で彼女はヒートアップするばかり。
「レミッサ?」
「何です?」
いつものようにこの喧噪下でも、特に何も考えてない、いつもの眠そうな表情で立ってるレミッサに言う。
「冷静に話を聞ける状況じゃないから、彼女を落ち着かせてくれない?」
先ほど町の手前で使っていた沈静神聖術を使ってもらおうとルカが頼む。
「分かりましたぁー」
なんだか声まで眠そうな間延びした返事と共に前に出ると、おもむろにエルフの女性をガバッと胸に抱きしめる形で捕まえた。
「えっ……」
予想外の行動に驚くルカ。
「う゛ーー、う゛ーー」
エルフの女性のくぐもった声が聞こえる。
女性としてはやや背が高いレミッサとやや小柄なエルフの女性の身長差から、丁度レミッサの胸に頭を埋める形になっている。
「う゛ーー、ぅーー、ぅ……」
────カクン
初めはジタバタ離れようとしていたが、見た目以上に力強いレミッサの抱擁を解けず、だんだんと緩慢になり最後は静かになった。
(落ち着かせろと言ったけど……)
正気に戻ったルカが「もういい」とレミッサに話しかけようと様子を見ると。
レミッサはエルフの女性を抱き枕のようにガッチリ抱きしめたまま、彼女に寄りかかって船を漕いでいた。朝から歩き通しで限界が来ていたようだ。
上からのしかかられる格好となっているエルフの女性の脚がプルプルしている。
慌ててレミッサを起こしてエルフの女性を助け出した。女性は何が何やらで怒る気力も失せた様子だ。
なんやかんやあったがルカ達はようやく落ち着いて話を聞ける状況になった。
●○●○●
ギルドの会議室で仕切り直して話を聞く。
エルフの女性の言葉の端々から魔物の大軍が迫っていることが窺えた。ハンターギルドとしても見過ごせない内容だ。
ルカとレミッサも先ほどの流れで同席している。
ようやく椅子に座れたことでレミッサは、ルカに寄りかかって本格的に寝に入っている。
「何なのよまったく。てか寝てるし」
エルフの女性はお冠のようだが、来訪の目的を思い出し息を整えると話し出した。
「改めまして、あたしはエルフの里の族長の孫、アイシャ。族長の命を受け援軍を要請しに来ました」
「初めまして、このギルドのマスターを務めているドミニだ」
「僕は先日、光の勇者に選ばれたルカです。こっちはパーティメンバーの神官レミッサ……なんですけど置いておいてください」
寄り掛かってくるレミッサを肘で突っつくも起きる様子がない。
「勇者様、ですか!」
ドミニが驚いている。アイシャも声は出さないが目を開いて驚いている。
「剣聖に会いに行くため旅をしていたのですが、たまたま立ち寄りまして。それでなんだか騒がしかったので――――」
「それはラッキーだわ!」
アイシャが再起動してルカの手をパッと握りブンブン振る。
「先ほどは焦って騒ぎを起こしてしまい申し訳ありませんでした。現在エルフの里は大規模な魔物の攻撃を受けているのです。何とか防壁で食い止めていますが戦力が足りず、盟約に基づきハンターギルドに援軍の要請に参りました」
「盟約?」
「盟約です。こちらが書面です」
「……っ!! って日付、百年前のものじゃないですか!?」
「ええ、そうよ。 で、ここに書かれている通り援軍を、早く!」
盟約にはこう書かれていた。
・魔族の支配地域に近いこの町のハンター組合とエルフの里は、どちらかに魔族の攻撃による危機が起きた際には戦力を派遣し合う。
・食料などの物資は派遣を受ける側が持つが報酬は設定しない、倒した際に出る素材が出れば報酬とする。
以上。
盟約はハンターギルドだけでなく、町のある領主ともされていたが距離が遠いため、今回はこの町のハンターギルドに助けを求めたようだ。
「それで、いつ出発できる? どのくらい戦力を集められる?」
再び段々と早口になってきたアイシャを押さえながらギルドマスターが答える。
「正直オレはこの盟約の存在を今の今まで知りませんでした。そもそもこれハンター組合っていうギルドの前の組織の時代ものですし……だからどうしたものか……もちろんハンターの募集はしますが報酬がこちら持ちになるとその調整とか――――」
「たった百年じゃ無い! どうなってるのよ! とにかく、早く! 既に大量の魔物が押し寄せてるの! うちが抜かれたら次に襲われるのはこの町なのよ! 分かってるの!?」
「抑えて抑えて」
「ひょわっ!」
ギルドマスターに掴みかからんばかりのアイシャをルカが押し止める。 ルカが立ち上がったせいでレミッサが倒れて、後ろで変な声を上げている。
「けが人も出てるの……急いで、お願い!」
そこまで早口で言い切ると、ドッカリとソファーに座り込んだ。
「「「…………」」」
沈黙が広がる。
ギルド側もハンターを派遣しないという選択肢はない。アイシャの言う通り、エルフの里で抑えきれなければ次はこの町だ。しかし、依頼を発行してハンターを集めてとなると三~四日は直ぐに過ぎてしまう。ハンターギルドに強制的にハンターを派遣する権限は無いのだから。
そしてまた、このような事態、ハンターギルドだけで動くことはできない。至急、領軍にも派遣要請を出さないとならない。領主に早馬を出して準備を整えるにしても、どんなに急いでも最低一週間はかかるだろう。
そういった事情を知らないアイシャは、反応が芳しくない様子を見てイライラが募っている様子だ。
「それなら僕たちが先遣として行きましょう。レミッサもいるので怪我人も助けられます」
「ええ、ルカさんと私がいれば時間稼ぎはできるでしょう」
重苦しい空気に助け船を出したのはルカだ。
しれっと周囲の真面目な空気を感じたのかレミッサも混じる。
「本当! ありがと! でも二人だけ……」
「勇者魔法を使えば一人で千体くらいの魔物は倒せます。発動がまだ難しくて時間が掛かるけど……城壁があれば何とか」
「千……ッ! いいわ、分かったわ、お願い。あと、あんたずっと寝てたの見てたんだから」
信用ならんという目でアイシャはレミッサを見るが、レミッサは目線を明後日の方向に向けた。
一先ずハンターギルドにはハンターの募集をかけ随時戦力を送ってもらうのと領軍との調整をお願いをし、ルカとレミッサ、アイシャの三人は急ぎエルフの里に向かった。
次回更新は3/8予定です。
【ざっくり設定集】勇者パーティ 第二弾
・ルカ (勇者):ごく普通の若者
・レミッサ(神官):残念美人、血塗れの聖女、のんびり
・アイシャ(射手):エルフ、サバサバ、気が強い
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