10.勇者選定の儀
――――王都到着から一週間。
衣装合わせ、儀式での動きを確認する事前練習などなど……瞬く間に過ぎ去った。
衣装については、ここ百年勇者が現れていなかった、また、フェルティラ王国では初の勇者であることから決まった衣装が存在せず、高位神官の祭服を着ることになった。
祭服はゆったりとした真っ白なローブだ。首元や袖などには金糸で刺繍が施され、胸元には聖ソルティス教を象徴する光をモチーフにした、細かい水晶と金細工で作られたブローチが光り輝いている。
裾が長くゆったりしていることから、ルカは歩くときに何度も踏みそうになりヒヤヒヤした。
万が一、誰が見ても高価であることが分かるローブを傷つけたり、汚してしまったら、勇者の旅が借金返済の旅になってしまう。
ルカにとって幸運だったことは、儀式で求められる動きは簡単で覚えるのに苦労はしなかったことだ。
●○●○●
そんなこんなで、スームス大神官を始めとした高位神官や王族、王国内の有力者列席の下で勇者選定の儀は始まった。
開始直後は緊張をしていたルカであったが、出番は最終盤である。その前には、大神官スームスのありがたいお話や列席の方々の祝いの言葉が続く。
ただ座ってそれらを聞いているのは、はっきり言って眠くなる。
ルカは睡魔と厳しい戦いを繰り広げながら出番を待っていた。
そしてルカの出番がやってきた。
「――――それでは、ルカ様、勇者選定の聖具へ」
「…………ッ! はい!」
ワンテンポ送れたのはご愛敬である。
ルカが女神像の横に作られた舞台に階段を使って登っていく。
練習でも登ったが、ローブの裾を踏んで転びそうで怖い。転んだら一生笑われるだろう…………
既に舞台上には立ち会い人としてスームスが先に上がっている。高齢の彼が良く転ばずに祭服姿で歩けるな、などと緊張故に余計なことに意識を飛ばしながら一歩一歩登っていく。
「ではルカ様、勇者選定の聖具に手を」
にこやかに笑うスームスに促され、ルカは女神像の持つ透明な玉に触れた。
………………。
(えっ!? 何も起きない??)
事前練習では実際に触れなかったため、ルカが女神様の持つ玉に実際に触れるのは初めてである。
何も起きないとは想像もしていなかった。
横に立つスームスも冷や汗をかいている。
内心焦っていると、僅かに手のひらが温かくなってきた。
「あっ!」
…………ボゥ。
それは始め淡い光であった……
蝋燭程度の明かりは次第に強くなっていく。
だんだんと明るくなる玉は、直接見るのが困難な程の明るさに到達した。
すると突然、純白の光を放っていた玉から、光が抜けるかのように一筋の光が大聖堂の天井に向け放たれた。
パァァ――――
天井に到達した光は弾け、光の粒が降り注ぎ大聖堂内を遍く照らした。
誰もが突然の出来事に声を呑む中、光の粒と共に声が降ってきた。
音としてではなく頭の中に直接響く、圧倒的な存在感を感じる女性の声が。
――――あなたを決断を祝福します……
――――厳しい旅路になるでしょう……
――――ですが……どうか……世界を侵略する魔の者を打ち倒して……
声が聞こえなくなると漂っていた光の粒は次第に消えていき、大聖堂内は元の静寂に戻っていった。
「おぉ……女神様……」
突然の出来事に固まっていたルカはゆっくりと女神像の持つ玉から手を離す。気づくと横で跪いて祈りながら滂沱の涙を流していた。
そこかしこで今の出来事を話すざわめきが聞こえている。
スームスはしばらくして涙を拭くと立ち上がり、まだざわめきが収まらない会場を見下ろしながら舞台の上で話し始めた。
「望外の出来事に私は今も感動が収まりません…………改めまして、聖具が示す属性は白! ここに光の勇者ルカの誕生を宣言する!」
勇者選定の聖具が発光する光の色は勇者の特性を表すと言われている。
過去、赤色が炎の勇者、青色が水の勇者として教会に認定されている。 今回は白色であったため光の勇者と決めたようだ。
そしてそう”聖具が放つ光が勇者の特性を表す”聖ソルティス教会に残されている伝承はそれだけだ。”女神様の声が聞こえる”とは過去の記録には残されていない。
この世界において神の声を聞くことは不可能ではない。所謂交神という神聖術は極めて困難ではあるが存在する。長い歴史の中で僅かではあるが、大規模な飢饉の発生時などに行われて成功した記録が存在する。
なお、交神に成功したのは女神に対してのみである。それ故、女神のみ性別が判明しているとも言える。
「「「光の勇者ルカ様! ばんざーい!!」」」
大聖堂内にはしばらくの間、勇者誕生の万雷な歓声が響き渡った。
●○●○●
全ての式次を終え控え室に戻ってきたルカ。
先ほどの幻想的な光景を思い出す。
――――光の勇者。
自らが今後背負う新しい勇者の称号。
何が自分にできるのか、今のルカには分からないが身の引き締まる思いが湧き上がる。
衣装などを脱ぎ一休みをしていると、ハイリスがノックをして部屋に入ってきた。
「ルカ、お疲れ様。凄かったな」
一見いつも通りの雰囲気だが、やや興奮気味に話し始める。
「あの玉、やっぱり光るだけじゃなかったんだな。そもそも原理が解明されてないが、交神の機能も持っていたなんて」
研究者気質なハイリス故、興奮しているのは女神様の声を聞けたことよりもその現象についてのようだ。独白のようにハイリスは続ける。
「うちの教会にあるコピー版の玉は、割る以外じゃ調べられることは何でもやったんだが結局何一つ仕組みは分からなかった。本来交神は大規模な教会が一丸となって行うような儀式だから、この聖具が勇者から力を得て増幅する役割を果たしているのか? ルカ、触ったとき何か力が抜ける感覚とかなかったか?」
途中、考えをまとめるための独り言のような言葉を含みながらルカに尋ねる。
「いえ、特に何も感じませんでしたが……。それよりも触って直ぐに反応がなかったので焦りました」
今でもあの静寂な一瞬を思い出すとドキッとする。
「ああ、反応があるまで少し時間があったな。まあ、大規模な神聖術が発動した訳だから溜めの時間だろ。それよりも、あんなにはっきりした女神様の声を聞いたのは初めてだ」
「えっ!? 先生、女神様のお声を聞いたことあったんですか? まさか! 神託を受けたのに無視して勇者にならなかったのって先生ですか!?」
「違う違う。まあ、勇者に選ばれても無視したがな。一度、アンナと一緒に交神を試したことがあるんだよ」
「二人でですか? さっき大勢の聖職者が必要って言ってませんでした?」
びっくりしてルカは聞き返す。先ほど教会を上げてやる儀式だと言っていたはずだ。
「二人でだ。そもそもあの交神の術式は無駄が多いんだ。”聖堂内の空気を清浄にする術式”とか交神にいらんだろ? そういった無駄なところを全部省いてったんだ。結果は雑音だらけでギリギリ聞き取れるくらいな上、一分と持たなかったがな。加えて一週間くらい二人とも寝込んだわ」
アンナというのはハイリスの妻で神官だ。回復の神聖術に長けている女性神官に贈られる”聖女”の称号も持っている。
本来、王都の大聖堂に勤めていてもおかしくはない実力と家柄であるが、色々あって神官学校で知り合ったハイリスと共に、辺境の地である砦村の教会を切り盛りしている。
学生時代、才色兼備を地で行く彼女は同世代の中でも憧れで、卒業生である高位神官の中にもファンが多い。
「はぁ、何というか無茶しますね」
「まあ、あのときはどうしても女神に問い質したいことがあったからな。もうあんな無茶はせん、歳だしな」
笑って言うハイリス。
【あとがき】
勇者は一般人ですが、それ以外の登場人物は規格外なバックグラウンドを持っていたり。




