第95話「老司祭」
夕方、何事もなく国境の町に着いた。この町もそんなに大きくはないが、町にはその規模にそぐわない立派な門がある。
……実質、こちらが国境門ではないかと思えてしまう。
「立派な門と城壁ですねー」
「一応、国境の最初の町なので、立派に作っていると兄から聞いたことがあります」
私の独り言をルイさんが拾ったようだ。
「そうなんだ。それなりにお金をかけて、国の威信を高めるというのは分かるけど、そこまで重要なところではないよね」
「国境にある町は、全部がこんな感じだとも言ってました」
全部かぁ……。
「それは凄いね」
「魔王軍が攻めて込んでくるまでは、かなり余裕のある国でしたよ」
王立の魔法学校があるくらいだから、それぐらいは余裕があるか。
ルイさんとたわいもない話をしてながら、手続きの順番を待っているとエミリーさんが近づいてきた。
「ノノ、手続きはいつものとおり、あなたとルイさんは教会関係者が迎えに来るそうよ」
「おや、ルイさんも私と一緒に手続きですか?」
「町の担当者から、司祭がいるなら、そっちでまとめて欲しいと言われたみたいよ」
エミリーさんが、やれやれといった感じで言う。
なるほど、それでアルテオさんがルイさんを呼びに来ないのか。
「まあ、分けてやるのも面倒ですけど、所属が違うのにそれで良いのかという気もしますね」
少なくとも商隊と傭兵団、更に言えば、所属国も違う。まあ、私はどの国にも属してはいないけどね。
「ノノさんや、教会は人手不足だそうだよ。特にこの国は対魔王軍の最前線にあるからね。ほら、向こうに杖をついた司祭様が付いたみたいよ」
エミリーさんが指さす方向に、確かにファイネル教の司祭服を纏った高齢の男性が杖を持って立っていた。
「ルイさん、こちらから向かいますよ。ここの司祭は足が悪そうですから」
「ちょっと待って。 ノノ、このあとはどうするの?」
ルイさんと司祭の居る方へ向かいかけたら、エミリーさんにちょっとだけ引き留められた。
「そうですね、ここが終われば、エミリーさんたちに合流しますよ。多分、言われないとは思いますが、教会に来いと言われれば教会に行くしかないかなぁって感じですけど」
教会関係は揉めない方が良いからね。……私自身が教会の上澄みになるのか!
「ノノ、何、百面相してのよ?」
「自分の立ち位置に疑問が生じまして、ちょっと混乱してるだけです」
「大丈夫?」
「まあ、どうとでもなるでしょう!」
気にしても仕方が無いので、今は放置しよう。
ややあきれ顔のエミリーさんは置いておこう。
「ルイさん、行きましょう」
「あ、はい」
老司祭の居る方へ向かうことにしたけど、付き人っぽい人も居ないけど、大丈夫かな。
そんなことを思いながら近づいて行くと、途中で門衛も一人やってきた。
「おやおや、司祭様が来たと連絡があったから出てきたが、これはまた、お若い……」
まあ、見た目は若いからねー。
『ああ、ウェヌス様のところのお嬢様か。ご母堂はご健在か?』
……古代神聖語だよ。しかも母様の知り合いみたいだよー。年寄りは母様を知っている人が多いのか?
……お嬢様か。お嬢様??
「ええっと、ノイシュと申します。まずはご挨拶を」
私はそう言って、手のひらを老司祭に向けて差し出した。
「そうでしたな。一応、やっておかねばなりませんな」
老司祭もそう言って、手に平を私に向けて差し出してきた。
「長寿と繁栄を」
「平和ととこしえの命を」
お互い挨拶を交わす。このやり取りだと安定の青色で発光するね。
『母様のお知り合いですか?』
『ウェヌス様とは、数回、お会いしたことがある。その時の衣装が、今、あなたが着ておられるものと同じであった。それの衣装を見て、娘が居ると申されておったのを思い出した。長生きはするものじゃな』
「司祭の確認は終わったぞ。問題なしじゃ」
老司祭はそう言って、入町チェックをしている門衛に間違いなく司祭であることを伝える。
「司祭様、ありがとうございます。まさか従軍司祭様がおられるとは思っていませんでしたので、急にお呼びすることになり、申し分けありません。見た目で判断したのか、国境門からは助司祭2名としか、連絡が無かったのです……」
ちょっと、苦情っぽいことを言っているが、国境門の人たちのせいではないのは話せない。
「よいよい。わしも良い出会いであったわ」
「それでは、私はこれで元の持ち場へ戻ります」
そう言って、お辞儀をして戻っていった。
「ノイシュ様。わしはこの町のというか、この辺り一帯を受け持っておる司祭のジョージ・ロドリゴ。そちらの若い助司祭はお弟子さんですかな」
「ルイさん、挨拶よ」
私はルイさんを前に出す。
「王都所属の助司祭、ルイ・ブランドルです」
ジョージは片眉を上げて、ルイさんを見つめる。
「……ブランドル家のお嬢様ですな。御領地のことはお聞きに?」
「はい、魔王軍の領土となったのは聞いています。父や母、兄たちがどうなったかまでは聞いていませんが」
「ふむ、こちらにもそこまでの情報は回って来てない。大変かと思うが……、ああ、そうか、ノイシュ様の弟子に成られたのでしたな。それであれば、教会絡みで悩まれることもありませんな」
……ノイシュ様と呼ばれると難しいものが走るね。
「ジョージさん、私のことなのですが、ノノとお呼び下さいませんか?」
「ほう、それは構いませんが、理由をお伺いしても?」
まあ、理由は知りたいか。
「出自がばれると面倒なので、これまでノイシュ・ノーマッドを略してノノと名乗っていました。これは名前を縮めただけなので、これまでも使っていました。出来ればこちらでお呼び願いたいのです」
ジョージさんは少し考えてる素振りを見せた。
「ふむ、確かにそうですな。それに王都ではあなた様を待ち構えたいるようですしな」
待ち構えている? 何で?
「ちょっと、お待ちください。待ち構えているんですか?」
「さよう。魔王軍の攻勢が激しく、勇者を使った戦略を実行したらしいのですが、その際に、選抜試験としたものを魔法協会の横やりで、魔法協会が推薦した魔法使いを加えたらしいのですが、その魔法使いが魔王軍との戦いで、魔王側に取り込まれたらしく、勇者が怪我を負い、撤退したため、西方領を失う切っ掛けに成ったらしくな。その際にエルフの弓使いがポロッと賢者ノーマッドの一人娘であるノイシュ様が選抜試験の来られる予定あると、零したのよ」
何と、既に勇者が別働隊で出撃して、敗退してたとは!
……魔法協会、ここでもやらかしてるし。
「それもあってな、王都ではノイシュ・ノーマッド様を待っているという状況なのじゃ」
魔法協会の魔法使いらと競う予定に成ってたと思うんだけど、どうやらその計画も流れたようだ。
「せ、選抜試験はなく、決定してしまうことになったんですかー」
「その通り。ですので、ノノ様と名乗られた方が、幾分マシかも知れませんな」
何とも、微妙な感じで苦笑いしか出なかった。
「ところでノノ様、この後どうなさりたい?」
「どう、とは?」
はて、何だろう?
「教会へお越しに成られるのか、それとも来られないのか」
選択できるのかい?
「教会も大変でしてな。ノノ様とお弟子さんのお二人の面倒を見ることがとてもとても」
そう言って、首を振る。
「そう言えば、この町だけではなく、辺り一帯を受け持っておられるとおっしゃっていましたね」
そう、そんなことを言っていた。
「元々は町ごとに司祭が居ったのですが、魔王軍との戦いが激しさを増し、近隣の司祭達は前線へ赴くことと成り、そのため、国境門から最も近いこの町で、この付近の町に入る許可を出すことに成ったのですじゃ。教会としても、司祭を前線へ送り込むために一肌脱いだと、思わせるためにも必要な処置を、となった。ま、そこで代わりとなるよう、ここでの検査が終わったことを証明する、教会で魔力を込めた魔導具をお持ちいただくことになったのですじゃ」
そう言い終わると、ジョージさんが二人分の匂い袋を渡してきた。
「匂い袋ですか?」
ルイさんが思わず呟いた。んー、確かに匂い袋だ。匂いはしてないけど。
「匂いはしませんが、教会で通行が許可されたと認識できる一種の魔力が込められておってな、こう、魔力を通すと、ファイネル教の紋様が浮き出るようになっておりますのじゃ」
確かに匂い袋から煙のようなものが出てきて、ファイネル教の紋様に成った。
「何とも不思議なものですね」
「これを持っておれば、王国内のどの町でも町に入る際でも教会のチェックは不要と成る。緊急時故、王国へ教会が提案し、そのように運用されておるのです」
これが、ねぇ。
「それで、ノノ様、教会に来られますかな。こちらとしては来られるというなら拒みは致しません」
「ジョージ司祭様、私たちが教会へ行くと、その分、王都の教会からの支援物資が使われるということに成るんですね?」
ルイさんが事情を察しいたようだ。
「なるほど、分かりました。私どもは、というか、私の訪問がイレギュラーな為に起こってしまった事案なのですね。それであれば、私は教会へは参りません。これは元からそう考えていたので、どのように言えば、教会へ行くことが回避できるかと考えていたので、丁度良かったと思います」
ジョージ司祭は、あからさまにホッとした表情をした。
「であれば、従軍司祭であるため、所属の傭兵団から離れられぬとしてくだされ。それでこちらのメンツも保てましょう。私の方からもそのように門衛には伝えましょう」
当初の予定とはちょっと違ったが、この町ではエミリーさん達と行動が出来そうだ。
「それでは、ノノ様、わしはこれで教会へ戻りますじゃ。おい、そこの門衛、従軍司祭は所属の傭兵団との契約があるため、教会へは来られぬそうじゃ。ノノ様、わしは用件が終わったので、教会へ戻りますが、何かあれば、お越し下され」
そう言って、ジョージ司祭は乗ってきたであろう、馬車に乗り、教会へと戻って行った。
「馬車でしか移動が難しいんでしょうね。教会があんな高台にあると」
馬車の行き先である教会は、老司祭が歩いて行き来できる場所ではなかった。
「まあ、普段は先触れがあるので、ジョージ司祭のお年も考えて、もう少しマシな馬車で送り迎えするんだが、今回は急だったので、ちょっと粗末なのになったんだよ。あの馬車は揺れが酷くてな。お二人が教会に行くと言われなくて、こちらもある意味ホッとしてるんだ。教会への配給も減っていてな。孤児達の食事に影響がでかねんところだった」
近くにいた門衛が、申し訳なさそうに小さい声で教えてくれた。
「魔王軍のせいですか。……私どもは傭兵団へ戻ります。それではルイさん行きましょう」
それだけ門衛に伝えて、エミリーさん達の方へ戻ることにした。
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