俺、初春
久しぶりに訪ねた街は、魔王討伐の話題で持ち切りだった。
え、なんで?
なんと首都から、お偉い聖女様まで喚ぶらしい。
ジローマルが、なんかやらかしたのかと思ったが、本人は必死で否定していた。
さっき、試作のイチゴを届けてやったのだ。
まあ、あいつは腹黒くなれるほど器用な奴ではあるまい。
「やっと兄ちゃんの野菜がまた食べられるねえ」
市場では、大歓迎を受けた。
俺が噂の魔王だとは、知れ渡ってはいない様子だ。
勇者には、俺の「野菜作り」云々については、伏せておいてもらっている。
そんな呼び名が知れ渡ったら、今の俺なんて、あからさまに怪しいからだ。
「いま、色々な種を試してるんだけどさ、これ、ちょっと食って見てよ」
「いい匂いがするねえ、何だい、これは」
「イチゴって言ってね、赤くて甘いけど、これでも野菜なのさ」
早速、総菜屋のおばちゃんに、イチゴと春野菜を届けてやった。
青物が普通に出回るにはまだちょっとだけ季節が早いので、こんな物でも貴重品となる。
まだ寒さは残るが、俺の農場にはちょっとした設備があったりするのだ。
そしてだ、自慢の野菜を最初に託すのは、 俺の行動範囲に限った話では最高 の料理人で、かつ、大勢の人に食べてもらえる環境を持つ、このおばちゃんでなくてはならない。
あと、二十日大根の鉢を差し出した。
「これね、半月ほどで食える根菜でね。小さいから薬味にいいよ。気に入ったら種もあげるから試して見てよ」
おばちゃんの料理に決定的に欠けているものは、薬味と香辛料だ。
無しでも充分に美味しいのだが、やはりもう少しアクセントが欲しい所だ。
今の所、種子系の作物は開発不振だが、草の類なら比較的練り易い。
ただし、自然界において風味の強い植物には、有毒の品種が多い。
俺なら多少の毒もちょっとしたエッセンスで済むが、そのまま市場に流したら、俺は大量殺人鬼の真性魔王になってしまう。
二十日大根なら、飾って良し、漬けて良し、生でも煮ても美味しく食えるし、刻めば葉も根も、風味ある薬味にできる。
その点、おばちゃんとのレシピすり合わせにも余念はない。
今、葱類を開発中だが、基にした植物が結構な毒草なので、苦戦している。
「ところで、魔王討伐ってどうなってるか知ってる?」
直球で、聞いてみた。
「ああ、あれね。何だか魔王が支配を広げているらしくてねえ。」
「支配?」
「何でも、館の周囲から汚染が広がっているんだってさ」
もしや、農場の事か?
「死神みたいに、でっかい鎌を振り回して人を襲うんだってさ」
ああ、あれ。
杖じゃあ何だか年寄り臭い気がして、最近持ち変えたお気に入りの得物だ。
鍬でも良かったのだが、こっちの方が圧倒的に格好良かった。
でも、人なんか襲ってはいない。
「でもね、近くを通った人から聞いたんだけど、あのペンペン草も生えない土地が、見事な緑に変わってたらしいんだよ。」
「へええ」
しらを切りつつ、罪悪感で一杯になってしまう。
おばちゃんには、嘘をつきたくないんだよなあ。




