野菜作り
勇者の来訪は、実りの秋の真っ盛りの出来事だった。
俺は、あくまでも「野菜作り」で押し通し、しかも性格的にやや通じ合える所のあった勇者とは数日間を共にして結構仲良くもなり、大量の野菜を土産にお帰り頂いた。
僅かな時間ではあったが、誰かが俺の家に遊びに(もしくは討伐しに)来たなんて、初めての経験だ。
作り溜めたゲームを一緒に試したり、他愛もない話しをしたり、別に特別な事をした訳ではないが、何だか、俺の中で何かが変わったような気がする。
「また来ます」
と、勇者はにこやかな笑顔でいとまを告げ、帰って行った。
「またおいで、待ってるよ」
答えた俺は、本心からそう言った。
だが、ジローマルは勇者だ。
勇者は運命に支配される存在だ。
例えその運命がインチキのクソゲーで決まったものだとしても、公衆の為に危険な存在を滅ぼす義務が、宿命としてこじつけられている。
俺の無害さ加減を、うまく伝えてくれるといいんだけど。
そして、俺をかばってくれるであろう人の為に、俺自信、より無害で、むしろ人の役に立てる魔法使いにならねば。
やがて訪れた長い冬の間、深い雪に閉ざされたこの館から街への道のりは、俺にとっても、さすがに楽なものではなかった。
売る作物もない季節の事、自ずと街への足は遠のき、俺はまたしても独りきりになってしまった。
だが、この一年間で俺は変わった。
意味のない時間潰しだけに費やす人生を変えたのは、ヘボ勇者であり、惣菜屋のおばちゃんであり、また、この手で作った野菜を美味しいと言ってくれた人々の存在だ。
近頃の俺は、より美味い野菜を作りたいという、強い衝動に駆られていた。
もしかするとそれには、勇者に「野菜作りのサブロータ」と名乗った事が影響しているのかもしれない。
魔法使いにとって、名前は、鍵のような物である。
そこに情報があればあるだけ、魔法使いは、その名乗りに縛られるのだ。
だからこそ、俺は決して自らを魔王とは言い表さない。
「野菜作り」と名乗ったが故に、魔術は、さらに農作業へと特化しつつある。
もし自分を「魔王」だと認知してしまったら、おそらく、俺自身、どうにもならない変化の流れに飲まれて行ってしまう事だろう。
この冬、孤独の中で新たに編み出した魔法の一つが、「錬成」だ。
もちろん、これまた野菜作りに特化している。
手にした植物を基に、ちょっとした変化と進化を促進し、俺のイメージに近い種子を造り出して行くのだ。
さらに、ごく狭い空間内であれば、生命の営みを何倍にも早める事ができる術をも手に入れ、それを「試作室」と名付けた。
こうして、来るべき春に向けて、俺の深い所に眠る味の記憶をよすがに、新たな野菜を練りあげて行く。
そもそも実っている状態を知らない物も多いので、困難だが、面白い作業だ。
春の訪れに素晴らしい緑を添えたくて、まず錬成したのは豆の仲間である「れんげ草」だ。
この愛らしい小さな花を咲かせる草は、食うための野菜ではない。
全ての耕作が終わった後、この草の種を田畑に蒔く。
豆類は、陽光を浴びて生み出した豊富な栄養をその根に蓄える種だ。
なので、ちょっと可哀想ではあるが花の咲く頃にれんげ草ごと地を耕すと、作付けに良い、肥えた土が出来上がるのだ。
花の命は短いが、戯れに花冠を作るにはちょうど手頃だ。
幼少時に女の子にこいつで作った塊を被せられた覚えが、微かながら、記憶に残っている。
数日の間、花との別れを惜しんだ後に、俺はいよいよ本格的な農場造りを開始した。




