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ジローマル、窮地

この街、いや、この国の今世の勇者は消極的だ。

弱腰、と言い切っても良いくらいだ。

だが実際には、彼は単身魔王の城に乗り込んで、対峙して来た実績を有する。

それが証拠に、魔王の、或は人外の物でしか有り得ない、恐るべき長さの黒髪を一房持ち帰っている。

勇者ジローマル曰く、魔王サブロータは無害である、と。

確かに、明らかな魔力の干渉により、かつての岩山と荒野は見事な緑に被われているが、そこに邪悪な気配は感じられない。

魔物が現れる事もない。

今世の魔王は、眷族を有する事すらなく、一人で、いわゆる砂漠緑化に勤しんでいるだけなのである。


そんな折に、領主の直属騎士団が魔王を襲撃し、惨めな敗走を喫した。

帰還後に全員が高熱で倒れたため、街の聖女が解呪に赴いたものの、不振に終わったらしい。


いきさつを聖女ナナツが知るところとなったのは、一通りの不始末が、取り返しのつかない失敗に終始した後の事だった。


高位聖女を招聘しながら、功を急いて抜け駆けをされただけでも腹立たしいし、魔王へと明らかな敵意を向けることで、事実上の宣戦布告となってしまった。

いくら勇者が手を拱こうとも、もう、後には引けない。

騎士らの病状には呪いの類の痕跡はなく、いわゆる「風邪」でしかないように思われたものの、ナナツによるその見立ては「高位聖女にすら解けない謎の呪詛」という噂と化して、広まっていた。


「勇者ジローマル殿、おいでになられますか?」


粗末な代書屋を訪ねると、勇者は、客の対応中だった。

客は、いかにも親しげな様子で寛いでいた。


「聖女様……」

「ナナツ様?」


来訪にうろたえる勇者の困惑を余所に、客の青年は、好奇心も露であった。

無理もない。

聖女たるもの、常日頃なら、みだりに人前に姿を見せたりはしないものなのだ。


「お仕事中に申し訳ありません。改めましょうか?」

「ああ、俺なら、お構いなく。」


客の青年は柔和に微笑んだ。


「首都の聖女様にお目にかかるチャンスなんて、そうはありませんからね。」

「あなたは?」

「野菜作りのカトーです、お見知り置き下さい!」


差し出された手を握ると、微かに魔力の残渣があった。

この青年、 若く見えるが三十路超えで、 童貞だ。

魔法使いとまではいかなくても、気付かぬほどの僅かな魔力を得ている童貞男は数多い。

そういう連中は、自らが心血を注ぐ何かに「才能」という形で、無意識の魔法を発揮するのだ。

たいていの場合、怪しげな、他聞を憚る類の趣味に、その才能を浪費してしまう者が多いのではあるが。

きっと、この男の作る野菜は見事な出来であろう。

土地の痩せたこの地には、とても貴重な「才能」だと言える。


「ジローマル様、騎士団の一件はお聞き及びでございましょう?」

「ええ、あいつら、俺と貴女を出し抜いて手柄を立てるつもりだったんでしょうね」

「そうでしょうね。でも、これだけ大事になってしまうと、もう放置はできませんよ。」

「あんなの、ただの風邪でしょう?」


それは、確かにそうなのだが。


「人々は、そうは思っておりませんし、否定したところで、信じはしますまい。」

「まあね」


勇者は、溜息をついた。

この勇者、とことん魔王討伐が嫌らしい。

気弱のせいかと思いきや、一度は、本当に一人で魔王に対峙して来た実績がある。

田舎者によくある、純朴ゆえの強さだ。


「サブロータは、魔王なんかじゃありませんよ。ちょっと魔力を持ちすぎただけの魔法使いに過ぎません。」

「そういう人の中で、魔力を悪用する者を魔王と呼ぶのです。」

「悪用?荒れ地を緑化しただけで?」


これまた、確かにそうなのだが。


「騎士団動いてしまった今では、もう、どうにも討伐は避けられません。最低限、神殿に封じてしまわないと。」


この街の神殿にも、魔力封じの牢がある。

作った奴の性格を疑うような趣味の悪さで、一見してわかる程の劣悪な環境で、かつ、衆目の晒し者となるよう設えられている。

あんな所に押し込まれるくらいなら、魔王とて、自ら死を選ぶであろう。

現に、どこの街でも、こうした牢は未だ人間に使われた事はない。

神殿の威光を示すため、たまたま捕えた魔物を飼っておく事はあるが。


「魔王の魔力を奪う方法ってないんですか?」


カトーが会話に割り込んできた。

先程から、あからさまに興味津々だったのだ。


「魔力って、30歳越えてアレだと、突然目覚めちゃうんでしょう?なら、消すこともできるんじゃないんですか?」

「可能性はあるのかもしれません。でも、先例はないですね。」


そうそう試す機会があるほど、魔法使いは多くない。

魔法使いは希少かつ、貴重な存在だ。

魔法使いにとっても、魔力は何よりも大切な才覚である。

それを永久に奪う研究自体が、まず、成立しないのだ。


「魔力が消えたという事例はありますが、原因は突き止めるに至っておりません。魔王を捕らえる事ができれば、首都で引き取って、研究出来るとは思いますが。」

「うわあ、最悪!」


カトーは身震いし、勇者はもはや吐きそうな様子であった。

ナナツ自身、しゃべっているうちに、何だか神殿の方が悪役っぽく思えて来てしまっている。

どうも、この勇者と話していると、調子が狂う。

勇者たるもの、もうちょっと無謀で、むしろ脳筋なくらいでなければ。


「騎士団がああなった以上、この街にはろくな戦士は残っていないと考えて良いでしょう。それに、魔王には数での攻撃は無力な様子です。」


ナナツは、単刀直入に言うことにした。



「ですから、わたくしと、あなた、勇者ジローマル様と二人で討伐に向かおうと存じます。」





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