第17話 鳴り響く警報とアーチャーの唸り ――出撃の決意
洋上独立淡水化プラットフォーム、海面すれすれの薄暗い通信室の隙間から、鉛色の荒波が叩きつける激しい潮飛沫が容赦なく吹きこんでくる。
壁面に固定された真空管式無線機の外装は、激しい潮風で赤錆び、触れるだけで指先に赤茶色の酸化鉄の粉が付着する。
ジャーッ、ザザッ――暗号回線の拡声器から、激しい空電雑音とともに途切れがちな荒い呼気が吐き出される。
レンは濡れた作業着の袖で額の海水を拭い、緑色の受信表示灯をじっと凝視する。
『……レン! 聞こえるか、レン! 水流層のドミトリーだ!』
拡声器の奥から、遠くで響く鉄骨の軋みと、労働者たちの怒号が電波に乗って混ざり合ってくる。
レンは黒色樹脂製の送受話器を架台から掴み取り、送話口へ唇を押し当てる。
「ドミトリー! 何があった! 受水ゲートで警報が鳴り響いていたぞ!」
『塔の保安部だ! 上層の奴ら、ゲート・タルタロスを外側から溶接トーチで焼き固めてやがる!』
『水門の奥から湧き出た氷の異形ごと、水流層の労働者をまとめて見殺しにする気だ!』
ゲート・タルタロスの溶接封鎖。深海の最下層隔壁を焼き固められれば、内側の人間は水圧と極低温の底から二度と浮上できない。
受水ゲートで査察官クローネンベルクが浮かべた冷淡な嘲笑が、灼熱の熱傷めいてレンの胸奥を焼き焦がす。
あれは突発的な事故への蔑みではない。初めから下層の労働者を使い捨ての防壁として処分する段取りが組まれていたのだ。
レンは受話器を握る右手の骨が浮き出るほど指先にちからを込める。
「ふざけるな! 塔の保安部隊はどうした! 水流層に駐留してる兵隊がいるはずだろ!」
受信機から、激しい銃撃音と耐圧鉄扉が押し潰される甲高い破壊音が重なり反響する。
『兵隊も一緒に見捨てられたんだよ! 最前線に出た神崎とかいう隊長ごと、まとめて蓋をされちまった!』
『保安部の上層部は最初から俺たち全員を消す腹積もりだったんだ! 助けてくれレン――』
ギャリギャリギャリ! 猛烈な電波妨害の金切声が拡声器を突き破り、ドミトリーの叫び声を強引に掻き消す。
受信針が最大値へ激突し、送信管から微細な火花が散って完全な沈黙が訪れる。
通信室の外、甲板の鉄板を激しい驟雨が叩きつけ、重油混じりの海水が排水溝へ逆流していく。
レンの背後で、仁王立ちになっていた老工員ボリスの剛腕が跳ね上がる。
ガァァン! 重量級の鍛造大型万能レンチが、老整備士の剛力によって鉄板の床へ叩きつけられる。
鋼鉄同士が激突する鋭い破裂音が、狭隘な通信室の厚い壁面を激しく震わせる。
ボリスの油じみた灰色の眉が逆立ち、血走った眼球が床板の工具を睨み据えている。
「畜生どもが……! 現場の人間を、何だと思ってやがる!」
泥水を啜りながら塔の繁栄を支えてきた現場の人間を、用済みとなれば深海の怪異諸共焼き殺す。
それが水星の塔の支配構造であり、あの天を衝く白い巨塔の偽らざる実態だ。
レンは送受話器を粗暴に叩き戻し、出口通路へ向かって踵を返す。
「親父、アーチャーを動かすぞ」
通路の鉄格子床を強く踏み締めながら、爪先が食い込む手のひらの激痛が神経を研ぎ澄ます。
機甲格納庫の暗がりの中、出撃燃料を満載した黒鉄の巨躯が、鈍い光を放って若き搭乗員を静かに待っていた。
【深海航海ログ:機甲兵器篇 #04】
◆ TSOS(Tactical Sync OS)
民間作業機用PTに搭載される油圧同調OS。
水圧と機体反力を操縦桿と足元踏板へ直接フィードバックし、機士の肉体感覚と直結した野生の挙動を実現する。




