第15話 凍結する配管と逃げ惑う工員 ――白い霜の侵食
ドォォン――腹腔の奥底を直接揺さぶる低周波の重低音が、暗黒の海水を通じて反響する。
放水路狭窄部。左右のコンクリート壁が水圧の偏向によって微かに撓み、海獣の腸壁を思わせる湿った蠕動の圧迫感を与える。
ガーディアンの操縦席を覆う球形キャノピーの内壁に、くもの巣状の白い霜が一気に結晶化して視界を奪う。
操縦殻背面の耐圧隔壁から、カチカチ、ピシッと金属が急激に縮む冷酷な収縮音を軋ませる。
ピピピピッ! 主警告ブザーとともに、計器盤に赤い太い文字が点滅する。『警告:背部液化窒素配管温度急降下。冷却ライン限界過冷却』。
氷鉄リアクターをクエンチするための液化窒素バイパスが、機体外部からの未知の熱吸収によって逆相関の過冷却を起こしている。
機内空気が一瞬で氷点下まで引きずり降ろされ、神崎玲司の吐き出す呼気が白いけむりとなって計器盤へ吹きかかる。
耐Gグローブ越しに握る操作桿の金属把手が、手のひらの皮膚を凍りつかせるほど冷え切る。
機甲の内側から凍結が侵食してくる。このままではリアクターの熱力学サイクルが崩壊し、機体ごと氷結の彫像と化す。
鉄の塊に守られているはずの己の肉体が、怪異の凍てつく胎内で徐々に消化されつつある悪寒に背筋が凍りつく。
神崎は右操作卓の黄色い緊急減圧把手の保護覆いを指先で跳ね上げる。
手動バイパス弁の回転取っ手をちから任せに二回転半ひねり、配管内の余剰窒素ガスを一気に機外へブローさせる。
シューーーッ! 高圧ガスの噴出音が背部から轟き、配管の凍結圧力がわずかに安全圏へと押し戻される。
息を整えながら、神崎は中央戦術ソナーの感度調整つまみを回す。
円形受像盤の暗緑色の走査線が、放水路前方のコンクリート壁面の奥底を捉える。
通常の熱源探知ではない。周囲の海水から熱量を貪り尽くし、絶対零度めいた極低温の渦を巻く「極冷源」の莫大な質量反応。
探査画面上に、通常の機甲反応を圧倒的な規模で上回る蒼白い光塊が、脈動を伴って蠢きながら接近してくる。
左後方に控える二番機の橘曹長へ向け、神崎は無線キーを押し込む。
「橘曹長、背部配管の内圧を監視しろ。外部の冷気が装甲を透過し、炉心系を侵食している」
受信機から、橘の歯の根が合わぬ激しい震え声が返る。
『クソッ……! こっちの推進翼も、凍りついてやがる。隊長、あのソナーの化け物、何なんだ……ッ』
「未知の深海生物だ。既存の熱力学が通用する相手ではない」
神崎は主兵装である大口径徹甲ライフルの給弾ベルトのロックを指先でたしかめる。
ガシャンと硬質な装填音が機内に反響し、薬室に初弾がたしかに送り込まれる。
放水路の天井の亀裂から、青白く燐光を放つ泥水が筋を引いてボタボタと滴り落ちてくる。
滴り落ちた水滴が床の鉄板に触れた瞬間、ジュッと音を立てて逆流沸騰を起こし、そのまま硬質な氷のはりへと結晶化する。
物理常識の根本的破綻。この漆黒の深淵空間そのものが、地球上のいかなる法則からも切り離された異界の胎内だ。
二機の背後でホバリングを維持していた純白の随行機が、頭部の複合感知器を前方の放熱スリットへ向ける。
特務アンドロイド・エンヴィーの搭乗ユニットが、機体各部の放熱フィンを静かに展開する。
エンヴィーは計器盤を素早く操作し、天頂層司令部への直通通信回線を裏で開通させる。
神崎機の受話器へ、一切の感情を剥離させた抑揚なき機械音声が直接滑り込んでくる。
『対象の熱力学的生体同定、完了。事象コード、フレミ。神崎隊長、これより観測記録を開始します』
【極限深海:熱力学観測 #01】
◆ 配管を這う白い霜
熱交換の物理法則に反し、深海の底から這い上がって配管を瞬間凍結させる異常現象。
極低温に晒されたチタン合金は弾性を失い、超脆性破壊を起こして粉々に砕け散る。




