↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
6/8

第三章•〈灰門〉ーー《秘色門(ひそくもん)》㊀

みぎさとしなやは、デノ城の敷地内にある、〈王国警使署〉の滞在部屋ーー〈客館〉にいた。


自国、南ギレン国の〈客館〉は、同じ城の敷地内に、〈警使〉たちの寝食する〈宿舎〉とは、少し離れた場所にあったが、東デアン国の〈客館〉は、一見〈宿舎〉と同じ建物に見えーー実際には、入口の扉も別に、建物内は繋がっておらず、唯一、一階にある調理場からのみ、食事を部屋へ運ぶため、〈客館〉に通じているのだった。

二階建ての建物は、一階に調理場と大浴場、一人用の部屋が一つありーー二階には三部屋、二人用の広々と瀟洒な部屋があった。

みぎさはもちろん、自国の職人たちのことを尊敬し、その腕を認めているが、ここへ来る度、やはりデアン国の匠たちの技術は、ずば抜けているなと、そう感じざるを得なかった。

建物の外装、内装もそうであるが、大きな理由の一つに、〈門警〉の〈宿舎〉のことがあった。

みぎさたち、ギレン国〈門警〉の〈宿舎〉は、新設されたこともあり、〈別館〉横の離れにあったが、デアン国〈門警〉の〈宿舎〉は、他の部署と同じ〈別館〉内に、すでに増築が完了されて、設けられているのだった。

二人は、昼前に部屋へ入り、少し休憩をとってーー(前回、六月の会合時に泊まったときと、同じ部屋であった)ーー滞在者には、食堂ではなく、部屋へ直接食事が運ばれる決まりに、城の女中が運んできた昼食をとった。

二人とも、食欲のかけらもなかったが、苦境のときほど、食を怠ってはいけないことを、心得ているしなやは、残さず完食し、一方でみぎさは、汁物を中心に、三分の一ほどを口にしただけだった。

奥に広い部屋は、入口の扉を入って、食事をとるための、大きな机と椅子があり、そこからアーチ形の戸口を通って、広々とした寝室ーー対角線上に、二つの立派なベッドがあり、手前左側の寝台がある壁奥に、手洗い場と、湯場(なめらかに磨かれた、石壁のくぼみに腰かければ、上からあたたかいお湯が流れ落ち、そのまま全身を洗えるようになっている)が設けられ、この横ーーちょうど、部屋の扉から真っすぐな位置に、まるで一つの絵画のような、雄大な景色を映した大きな窓が、開けているのだった。


食事が下げられると、二人は奥の部屋へ移動した。


「顔色が悪いですが、大丈夫ですか」


戸口近くの壁に据え付けられた、まだ火の入れられていない暖炉の前にある、肘掛け椅子に座ったしなやが、静かに聞く。


「………」


みぎさは窓辺に立ち、外を眺めていた。


空気の澄んだ、天の高い秋晴れにーー遠く、北ドヌン国との国境である、万年雪を頂く、銀霧山脈のすがたが、くっきりと浮かび広がっている。

この雄壮な山々の雪解け水に、大河が生まれ、二股にわかれた川の一方は、クナン川という名に、はるか北西にある、ルタル海へ向け、北ドヌン国と西ガサン国の国境に流れ、もう一方は、クヤー川という名に、南東に沿って流れ、ギレン国では、川の名がクララー川となり、長き旅路の果てに、ギレン国の最南端の奥地にある、コウカカ湖へ注がれる。

四つの王国の国境となっている川には、四つの橋がかけられ、それぞれの国色を混ぜ合わせた色の名に、〈紫橋〉、〈茶橋〉、〈黄緑橋〉、みぎさたちがここへ来る道中に渡ってきた、〈緑橋〉があるのだった。


みぎさは、大きな額縁から見える、壮大な風景に重ね合わせ、森羅万象というものを、考えていた。


ーーー『祖先がどういう思いに、〈門術〉をつくりだしたのかーー。 それは人間という生きものの、もっとも繊細に、脆い領域を狙い揺さぶる、邪悪に満ちた脅威であるのかーーはたまた、もたらされた、神聖に大いなる、慈悲の加護であるのかーー。 長いこと、多くの患者を見てきて、私は正直、わからないのです。 あなたは、どう思いますか』ーーー


無意識のうち、下ろした両手の先、固く拳が握られる……。

〈門警〉という部署がつくられ、その長に就いたときから、それはわかっていたことーー覚悟していたことだったが、ここへきて改めて、〝自分の向かう相手〟が、非力な人間には、とても適うはずのないものーー峻厳なる山々を前にしたとき感ずる、あの圧倒され、己の小ささを痛感し、力の抜けていくようなーーそれと似たような感覚を、まざまざと味わっていた……。


「……さん……」


意識の底へ触れた声に、みぎさの顔が振り返る。


「……悪い。 なにか言ったか?」


「また腿を打ってます。 そろそろ座ってもらって、今日聞いた話をまとめませんか」


デアン国の門警長は、ノバツ長老の語る話を、書きつけることを、許可しなかった。

見れば、相棒の座る前にある卓には、紙と羽ペンが用意され、すでに何枚か、いかにも書き手を映すような、繊細な文字が、書き綴られていた。

「ああ……そうだな」

みぎさがつぶやき、拳を解いて窓から離れると、しなやの座る横の肘掛け椅子へ、腰を下ろす。

まとめられた紙を手に、記憶と共に、照らし合わせていくのだったーーー


〈ホエホ〉の長老、ノバツが語った話は、だい門警長の言う通り、あまりに衝撃的でーー恐ろしい破壊力を孕んでいた………


九月二十六日夜半ーー(正確には二十七日)ーーノバツは突然包まれた、芳しい蜜の匂いに、《秘色門》が現れたことを知る。

〈ヒャロン〉の長老は、代々長につくときの秘儀に、各派の長老たちが集まり、〈門番〉となるべく、〈特種な術〉をかけてもらうのが掟である。

これは、〈禁忌の術〉ーー《統魂門錠掌》が、長く封印されてはいても、完全に閉じられたわけではないことーーこの世から、消え去ったわけではないことーーいつかやってくる、〝そのときのため〟先代から脈々と受け継がれてきたのだろうと、ノバツは言った。

《秘色門》は、〈灰門〉とはまったく違う。

開けたその者は、《ラン•ネ•ラン》ーー(ランは、ヒャロンの古語で門、ネは、鍵の意味)ーーとなり、その瞬間から否応なしに、大きな運命を背負うことになる。

なぜなら、四人の大呪術師たちの力をもってしても、消し去ることのできなかった、〈禁忌の術〉を、この《ラン•ネ•ラン》だけが唯一、《魂の門》に鍵をかけ、〈門術〉を完全に閉じることができるからだ。

《秘色門》を開けた、選ばれし者は、そのとき《門》をくぐることはできず、代わり開けたと同時に、〈導〉となる、なにかを見ているはずだとーーー当の本人は、《ラン•ネ•ラン》になったこと、〈門術〉の主導権が、〈禁忌の術〉を使った何者かから、自分へ移り変わったことに、おそらく気づいていないだろうが、それは身体のどこかしらに、目に見えるかたちで、《印》が刻まれたはずだと、ノバツは考えていた。

しなやが、《ラン•ネ•ラン》もまた、〈ヒャロン〉の者であるのかどうか、聞いてみれば、そうとも限らないのだと、〈ホエホ〉の長老は答えた。

《秘色門》が現れたのは、デアン国であるが、だからといって、開けた者がデン人であるとも限らずーーだからこそ、ことがより複雑に、難局を極めるのだと。

そして、すでに、〈蜘蛛(警使の使う言葉で、罪人をさす隠語)〉は、《秘色門》が現れたことを知り、音は立てずとも、こうしている間も、日夜血眼になって、《ラン•ネ•ラン》を探しているはずだという。

その〈蜘蛛〉が、ギレン国にいる〈ネロネ〉のヤゴミ長老かと、みぎさが聞けば、思いがけず、ノバツは首を振るのだった。

ことの黒幕は、ヤゴミ長老で間違いないーーただ、実際に動いているのは、〈ヒャロン〉の別の者であると、ノバツは断言した。

であるならば、〈蜘蛛〉は〈ネロネ〉、〈ホエホ〉ーー以外の、〈スフス〉、〈マウマ〉の者の可能性もあるのではないかと、しなやが聞けば、ノバツ長老は再びはっきりと、首を振った。

《秘色門》はデアン国に現れた、と言っていたが、〈門番〉となっている四派の長老たちは、例の蜜の匂いに、《門》が開かれたことを知り、全員その場所までも、わかるようになっているのかと、みぎさが問えば、『場所まではわかりません』と、相手の答えが返ってきた。

だとすれば、いくら狡猾な〈蜘蛛〉であっても、相当な悪運でもないかぎり、四つの国から《ラン•ネ•ラン》を探し出すことは、簡単なことではなく、我々と同じ困難があるのではないかと、みぎさが心の内に湧いた微かな希望を滲ませ、口にすれば、

『悪運はあると思います』ーーと、不穏な言葉が、耳にこだました。

ーー『〈四つの香炉〉には、大呪術師たちの力の半分が、共に封じられていたことを、忘れていませんか』

みぎさははっとし、背筋に戦慄が走るのだった。

いよいよ険しく眉根を寄せた、みぎさとしなやの見据える先ーー二人の胸中をそのまま、ノバツ長老は声にした。


『なぜ私は、デアン国に《秘色門》が現れたとーー封印を解いた〈ヒャロン〉が、〈ネロネ〉、〈ホエホ〉の者であろうと、断言するのかーーそして、なぜ、他の派の長老ではなく、〈ネロネ〉のヤゴミ長老が、ことの首謀者であると、確信をしているのかーー』


ノバツ長老は、それらに答えるべく、さらに驚くべき話の、口火を切るのだった………

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。