手を離すな
五月。
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能力実習。
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「今日は学園外での実践演習だ。」
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担任が地図を広げる。
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「街の巡回。」
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「危険区域ではない。」
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「一般人の避難誘導も訓練内容に含める。」
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教室が少しざわつく。
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「神代。」
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「はい。」
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「朝倉。」
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「はい。」
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「お前たちは同じ班だ。」
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「了解です。」
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朝倉は軽く会釈した。
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「よろしく。」
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「よろしく。」
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午前十時。
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商店街。
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休日ということもあり、人通りは多い。
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「平和だね。」
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朝倉が呟く。
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「このまま何も起きないといいけど。」
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「それじゃ訓練にならないよ。」
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「あ、そうだった。」
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二人で笑う。
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……笑ったのは。
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僕だけだった。
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その時。
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ピーッ!
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警報が鳴り響く。
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「模擬災害発生!」
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教師の声が響く。
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「全班、一般人を避難させろ!」
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演習が始まった。
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「こちらです!」
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「慌てないでください!」
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周囲の人を誘導する。
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順調だった。
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そのはずだった。
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「ママぁ!!」
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小さな泣き声。
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振り向く。
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五歳くらいの男の子。
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一人だった。
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周囲に親はいない。
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「お母さんが……!」
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その言葉だけで。
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身体が凍る。
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鼓動。
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呼吸。
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全部。
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速くなる。
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「神代君!」
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朝倉が呼ぶ。
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聞こえない。
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男の子だけが見える。
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『たすけて』
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頭の中で。
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知らない声が重なる。
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『置いていかないで』
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「……っ!」
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走る。
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男の子を抱き上げる。
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「大丈夫。」
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「絶対に離さない。」
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その声は。
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自分でも驚くほど震えていた。
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「お、お兄ちゃん……。」
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男の子は泣きながら服を掴む。
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強く。
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離さないように。
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その瞬間。
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建物の上から。
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巨大な訓練用ゴーレムが落下した。
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「神代!!」
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教師の叫び。
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間に合わない。
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そう思った。
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でも。
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僕の身体は。
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考える前に動いていた。
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男の子を抱えたまま。
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一歩。
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踏み込む。
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地面が砕ける。
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次の瞬間。
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ゴーレムは。
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真っ二つになっていた。
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静寂。
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風だけが吹く。
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「……は?」
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誰かが呟く。
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「今。」
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「何した……?」
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教師ですら。
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動けなかった。
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僕は。
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男の子をゆっくり降ろす。
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「怪我ない?」
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「……うん。」
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安心したように笑う。
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その笑顔を見て。
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胸が締め付けられる。
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「良かった……。」
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その一言だけが。
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本心だった。
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演習終了後。
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教員室。
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「神代。」
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担任の表情は真剣だった。
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「あの力は何だ。」
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「……。」
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「平均以上じゃ説明できない。」
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「偶然です。」
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「偶然でゴーレムは斬れない。」
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沈黙。
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悠は笑う。
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「先生。」
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「本当に。」
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「僕にも分からないんです。」
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嘘ではなかった。
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本当に。
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分からない。
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あの力は。
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いつも。
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何かを守ろうとした時だけ。
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勝手に現れる。
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だから。
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僕が一番。
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怖かった。
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その日の帰り道。
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朝倉がぽつりと呟く。
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「神代君。」
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「何?」
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「今日。」
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「君があの子を抱き締めた時。」
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少しだけ目を伏せる。
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「泣きそうな顔をしてた。」
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悠は足を止めた。
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返事ができない。
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「……気のせいだよ。」
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それでも。
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朝倉は初めて首を横に振った。
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「ううん。」
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「今度は。」
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「ちゃんと見えた。」
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夕日が沈む。
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長く伸びた影の中で。
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悠の笑顔は。
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少しだけ。
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崩れ始めていた。




