笑わない瞳
神代悠は。
⸻
不思議な人だ。
⸻
朝。
⸻
「おはよう!」
⸻
誰よりも先に挨拶する。
⸻
困っている人がいれば助ける。
⸻
誰とでも話せる。
⸻
誰からも嫌われない。
⸻
先生にも。
⸻
先輩にも。
⸻
後輩にも。
⸻
みんなに好かれている。
⸻
完璧な人。
⸻
……そう。
⸻
みんなは言う。
⸻
でも。
⸻
私は違うと思う。
⸻
神代君は。
⸻
笑っている。
⸻
ずっと。
⸻
ずっと。
⸻
笑っている。
⸻
なのに。
⸻
一度も。
⸻
笑っていない。
⸻
最初は気のせいだと思った。
⸻
でも。
⸻
毎日見ていると分かる。
⸻
笑顔は同じ。
⸻
声も同じ。
⸻
話し方も同じ。
⸻
なのに。
⸻
目だけが。
⸻
笑わない。
⸻
まるで。
⸻
心だけ。
⸻
別の場所に置いてきたみたいだった。
⸻
昼休み。
⸻
「神代!」
⸻
「パン半分くれ!」
⸻
「いいよ。」
⸻
「やった!」
⸻
また笑ってる。
⸻
自然に。
⸻
誰よりも自然に。
⸻
でも。
⸻
私は知っている。
⸻
さっき。
⸻
教室で花瓶が倒れた時。
⸻
神代君は。
⸻
一瞬だけ。
⸻
息を止めた。
⸻
誰も気付かなかった。
⸻
私以外。
⸻
放課後。
⸻
能力訓練。
⸻
先生が言う。
⸻
「今日は三人一組で模擬戦。」
⸻
神代君は。
⸻
今日も強かった。
⸻
相手より。
⸻
少しだけ。
⸻
強い。
⸻
だから。
⸻
勝つ。
⸻
でも。
⸻
絶対に。
⸻
勝ちすぎない。
⸻
相手が傷付かないように。
⸻
相手が恥をかかないように。
⸻
ちゃんと。
⸻
“普通”に勝つ。
⸻
「神代って空気読むよな。」
⸻
「ほんと優しい。」
⸻
みんな笑う。
⸻
神代君も笑う。
⸻
その時。
⸻
一年生の一人が転んだ。
⸻
「いったぁ……。」
⸻
膝を擦りむく。
⸻
少しだけ。
⸻
血が出た。
⸻
ほんの少し。
⸻
それだけなのに。
⸻
神代君の顔色が変わる。
⸻
真っ白だった。
⸻
すぐに駆け寄る。
⸻
「大丈夫?」
⸻
「保健室行こう。」
⸻
「歩ける?」
⸻
声は優しい。
⸻
でも。
⸻
手は震えていた。
⸻
「神代?」
⸻
「顔色悪いぞ。」
⸻
「大丈夫。」
⸻
笑う。
⸻
「ちょっと貧血。」
⸻
また。
⸻
笑った。
⸻
違う。
⸻
違うよ。
⸻
その震え方は。
⸻
貧血じゃない。
⸻
保健室へ送った帰り。
⸻
私は。
⸻
思わず聞いてしまった。
⸻
「神代君。」
⸻
「うん?」
⸻
「血。」
⸻
「苦手?」
⸻
一瞬だった。
⸻
本当に。
⸻
一瞬だけ。
⸻
神代君の笑顔が。
⸻
消えた。
⸻
何もない。
⸻
空っぽの表情。
⸻
それは。
⸻
笑顔より。
⸻
ずっと怖かった。
⸻
でも。
⸻
次の瞬間には。
⸻
「あー。」
⸻
「昔からなんだ。」
⸻
「注射も苦手。」
⸻
いつもの笑顔。
⸻
いつもの声。
⸻
いつもの神代君。
⸻
……また。
⸻
嘘だ。
⸻
その日の夜。
⸻
私は日記を開く。
⸻
毎日書いている。
⸻
今日のページ。
⸻
『神代悠』
⸻
その名前を書く。
⸻
『この人は』
⸻
『誰よりも優しい』
⸻
『だからこそ』
⸻
『何を隠しているのか怖い』
⸻
ペンが止まる。
⸻
最後に。
⸻
一行だけ書いた。
⸻
『お願いだから』
⸻
『一人で壊れないで』
⸻
窓の外では。
⸻
静かな雨が降り始めていた。




