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壊れた僕は、今日も笑う。  作者: ニィギンヤ


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僕が始めた実験

「……俺が?」


悠は、少年の言葉を繰り返した。


「俺自身が、この実験を始めたって?」


「うん」


少年は頷いた。


あまりにも簡単に。


まるで、それが当たり前の事実であるかのように。


「……ふざけるなよ」


悠の声が低くなる。


「俺は子供だったんだぞ。何も知らない、ただの子供だった」


「知ってるよ」


「だったら――」


「でも、君は選んだんだ」


悠の言葉が止まった。


少年は目を伏せた。


「最初は、誰も君を実験台にするつもりなんてなかった」


「……何?」


「君が、自分から望んだんだよ」


頭の奥で、何かが軋んだ。


自分から望んだ。


そんな記憶はない。


施設に連れていかれたこと。


白い部屋で拘束されたこと。


大人たちに囲まれ、訳も分からないまま能力を使わされたこと。


それらは、ずっと自分が被害者だった証拠だと思っていた。


けれど。


もし、その始まりが違っていたら。


「……嘘だ」


「嘘じゃない」


「俺が、何を望んだっていうんだ」


少年は答える前に、モニターへ視線を向けた。


画面の文字が切り替わる。


《記録番号000――原初の願い》


続いて、古い映像が再生された。


画面の中にいたのは、幼い悠だった。


今よりもずっと幼い。


まだ、笑顔を覚える前の顔。


その隣には、一人の少女が座っていた。


玲奈だった。


幼い玲奈は、膝を抱えて俯いている。


そして悠は、彼女の手を握っていた。


『……僕が、悪いの?』


幼い悠の声が響く。


映像の向こうから、大人の声が返ってきた。


『誰もお前が悪いとは言っていない』


『でも、玲奈が苦しんでる』


『それは、お前のせいではない』


『じゃあ、どうして助けられないの?』


大人は答えなかった。


幼い悠は、玲奈の手を握りしめた。


『僕がもっと強かったら、助けられる?』


映像が一瞬、乱れる。


『どんなことでもできるようになったら、玲奈は苦しまなくて済む?』


そこで、別の映像に切り替わった。


白い部屋。


机の上に置かれた書類。


そこには、幼い悠の手書きと思われる文字が残されていた。


『僕の中にある、怖いものを全部なくしてください』


悠は息を呑んだ。


「……これ」


少年が静かに言った。


「君が最初にお願いしたこと」


「……」


「玲奈を守りたかったんだよ」


その言葉に、悠は唇を噛んだ。


確かに。


それなら、分かる気がした。


幼い自分が、何もできないことに耐えられなくなって。


自分の弱さをなくせばいいと思った。


怖がらなければ。


悲しまなければ。


迷わなければ。


どんなことでもできるようになると、信じてしまった。


けれど。


「……だからって」


悠は画面を睨んだ。


「それだけで、こんなことになるわけないだろ」


「うん」


少年は頷いた。


「だから、大人たちが利用したんだ」


映像の中で、研究員たちが書類を交わしている。


『対象の拒絶能力は、感情と強く結びついている』


『恐怖を除去すれば、能力の制御率は上昇する可能性がある』


『感情の分離を進めれば、対象は理想的な個体になる』


淡々とした声。


そこに、幼い子供の人生を案じる気配はなかった。


「……あいつら」


悠の指先が震える。


「俺の願いを、利用したのか」


「そうだよ」


少年は答えた。


「でも、それだけじゃない」


画面が暗転した。


しばらくして、新しい記録が表示される。


《原型個体No.000――計画立案者》


その下には、さらに小さな文字があった。


《本人の意思による記録改変》


悠の表情が凍りついた。


「……本人の意思?」


「うん」


「誰のだよ」


少年は、ゆっくりと悠を見た。


「君の」


「……だから、俺は覚えてないんだって」


「忘れたんじゃない」


少年の声が、わずかに震えた。


「君が、自分で消したんだ」


悠は首を横に振った。


違う。


そんなはずはない。


自分はずっと、何も知らなかった。


何も覚えていなかった。


自分の過去を知るために、ここまで来た。


それなのに。


「……なんでだよ」


声が掠れた。


「俺は、何を消したんだ?」


少年は答えなかった。


代わりに、モニターの下部に新しい文字が表示された。


《最終記録の再生には、原型個体の承認が必要です》


悠が画面に近づく。


その下に、二つの選択肢が浮かんだ。


《再生する》


《永久に封印する》


「……」


どちらを選んでも、何かが変わる。


そんな予感があった。


「悠、待って」


澪が声を上げた。


「今すぐ見る必要はないよ。ここまでだって、十分すぎるくらい……」


「うん」


悠は頷いた。


「分かってる」


それでも、視線は画面から離れなかった。


知らないままでいることもできる。


これ以上、自分を傷つけずに済むかもしれない。


けれど。


その選択をした先に、また誰かが犠牲になるのだとしたら。


悠は、もう目を逸らしたくなかった。


「……再生する」


指先が、画面に触れた。


警告音が鳴る。


《確認》


《再生後、原型個体の記憶領域に影響を及ぼす可能性があります》


「構わない」


《本当に再生しますか?》


「……ああ」


悠は、もう一度答えた。


「俺のことなら、俺が知る」


画面が白く染まった。


次の瞬間。


悠の視界から、部屋が消えた。


代わりに見えたのは。


血に濡れた小さな手。


倒れた玲奈。


そして、その隣で笑っている――幼い自分だった。


『これで、やっと助けられる』


記憶の中の悠が、そう言った。


『だって、もう――』


その先を聞く前に。


映像が途切れた。


悠は、その場に膝をついた。


「……あ」


喉から、意味のない音が漏れた。


思い出したくない。


けれど。


もう、分かってしまった。


自分が消した記憶の中に。


自分が一番知りたくなかった答えがある。


そして、次に思い出すことになるのは。


玲奈を救えなかった理由ではない。


玲奈を失った、その瞬間の自分が何をしたのか。


悠は震える手で、顔を覆った。

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