目覚めた僕
ガラスケースの中で、少年の瞼がゆっくりと開いた。
最初に見えたのは、白い天井。
次に。
ガラス越しに立つ、三人の姿だった。
悠。
澪。
そして――もう一人の少年。
少年は悠を見つめた。
しばらく、何も言わない。
ただ静かに。
まるで鏡を見るように。
悠も動かなかった。
「……お前」
ようやく声が出る。
「誰だ?」
ガラスケースの中の少年は、少しだけ首を傾けた。
そして。
「僕?」
自分を指差した。
「僕は――神代悠」
その瞬間。
隣にいた少年が、鋭く睨みつけた。
「違う」
低い声だった。
「お前が名乗るな」
ケースの中の少年は、隣の少年を見る。
「どうして?」
「お前はまだ、何も知らないから」
「……そう」
少年はそれ以上、何も言わなかった。
悠は二人を見比べる。
同じ顔。
同じ声。
けれど。
明らかに違う。
一人は自分を本物だと言う。
もう一人は、それを否定する。
そして。
自分自身も、そのどちらなのか分からない。
「……一体、何なんだよ」
悠が呟く。
その声に反応するように、部屋のモニターが点灯した。
画面に文字が浮かぶ。
《No.000》
《原型》
《分離個体A》
《分離個体B》
そして。
《統合対象――神代悠》
澪が息を呑む。
「統合……?」
悠は画面を睨んだ。
「俺たちは……最初から三人だったのか?」
答えたのは、ケースの中の少年だった。
「違うよ」
少年は静かに言った。
「最初は一人だった」
「誰が?」
「僕」
悠の背後にいた少年が、拳を握る。
「……またそれか」
「本当だから」
「違う」
「じゃあ、君は何?」
少年が黙った。
その沈黙が答えだった。
悠は気づく。
鈴。
怒り。
罪悪感。
そして――玲奈。
自分の中から分離されたもの。
これまで出会った存在には、すべて意味があった。
なら。
目の前の二人にも。
「……お前らは」
悠はゆっくり口を開く。
「俺の何なんだ?」
ケースの少年が答える。
「僕は、記憶」
悠の目が動いた。
「記憶……?」
「うん」
少年は自分の胸に手を当てた。
「君が忘れたもの」
そして。
悠の背後にいる少年を見る。
「彼は、君が壊れないために切り離したもの」
「……何を?」
「全部」
少年は笑った。
「怒りも、悲しみも、恐怖も、罪悪感も」
「……」
「だから君は笑えた」
悠の呼吸が止まる。
「……俺が」
「そう」
「俺が笑ってたのは……」
ケースの少年は頷いた。
「何も感じなくなっていたから」
その言葉が。
胸の奥に突き刺さった。
思い出す。
母親の笑顔。
父親の声。
玲奈の手。
施設の白い壁。
鈴の音。
そして。
何も分からないまま笑っていた自分。
悠は目を閉じた。
「……違う」
「え?」
「俺は何も感じてなかったんじゃない」
目を開く。
「感じすぎたから、壊れたんだ」
ケースの少年が初めて驚いた顔をした。
悠は続ける。
「だから切り離した」
「……」
「怒りも、怖さも、悲しさも」
一歩。
ケースへ近づく。
「全部、俺だった」
さらに一歩。
「だから――」
悠はガラスに手を当てた。
「お前も俺なんだろ?」
ケースの少年は、しばらく悠の手を見つめていた。
やがて。
ゆっくりと。
同じ場所に手を重ねる。
ガラス越しに、二人の手が重なった。
その瞬間。
部屋中に警報が鳴り響いた。
『警告』
『原型個体との接触を確認』
『統合処理を開始します』
「……何?」
澪が振り返る。
床が大きく揺れた。
ケースの中の少年の身体に、無数の管が伸びていく。
「やめろ!」
悠が叫ぶ。
けれど。
少年は苦しそうにしながらも、笑っていた。
「悠」
「!」
「お願いがある」
「何だよ!」
少年はガラス越しに悠を見る。
「僕を――」
一瞬。
その目に涙が浮かんだ。
「殺して」
悠の表情が固まった。
「……は?」
少年は泣きながら笑った。
「そうすれば、全部終わるから」
そして。
警報の音の中。
少年は、はっきりと言った。
「僕が死ねば――君は完全になれる」
悠の手が。
ガラスの上で震えた。




