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壊れた僕は、今日も笑う。  作者: ニィギンヤ


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最初の部屋

駅を出ても、誰も何も言わなかった。


悠も、しばらく黙って歩いていた。


さっきまでの日常が、まるで嘘だったように感じる。


駅前の店。


信号。


通り過ぎる人々。


どれも変わっていない。


変わったのは――自分だけだった。


「……悠」


澪が隣を歩きながら、静かに口を開いた。


「本当に、行くの?」


「うん」


即答だった。


「俺が誰なのか、知りたいから」


「怖くないの?」


「怖いよ」


悠は笑った。


「めちゃくちゃ怖い」


澪は何も言わなかった。


その笑顔が、今までとは少し違って見えたからだ。


以前の悠の笑顔には、何かを隠しているような不自然さがあった。


けれど今は。


怖いと言いながら、笑っている。


それは、隠すためではなかった。


「……そっか」


澪はそれ以上、何も聞かなかった。


そのとき。


悠の首元で、鈴が鳴った。


チリン。


「……こっち」


玲奈の声だった。


悠は足を止める。


「玲奈?」


チリン。


もう一度。


今度は、駅とは反対方向。


人通りの少ない路地の奥から聞こえた。


悠はそちらへ向かった。


古い建物。


使われなくなった倉庫。


その隣に、小さな鉄の扉があった。


扉には何も書かれていない。


ただ。


鍵穴の横に、小さな文字が刻まれていた。


NO.000


「……ここか」


悠が手を伸ばす。


触れる前に。


カチッ。


鍵が勝手に開いた。


「……」


誰も動かない。


悠だけが扉の前に立っていた。


「俺が開けたわけじゃないよな」


「うん……」


澪の声が震えている。


悠は一度だけ振り返った。


「大丈夫」


「その言葉、最近信用できなくなってきた」


「ひどいな」


少しだけ笑う。


そして扉を開けた。


中は真っ暗だった。


階段が地下へ続いている。


一段。


また一段。


降りるたびに、空気が冷たくなっていく。


そして。


最下段に足を着いた瞬間。


照明が一つずつ点灯した。


その先にあったのは。


部屋だった。


白い壁。


白い床。


中央に置かれた、一台の椅子。


そして。


壁一面に貼られた写真。


悠は立ち止まった。


写真には。


幼い子供が写っていた。


一枚。


二枚。


十枚。


何十枚。


そのほとんどが――自分だった。


「……俺」


写真の中の少年は、いつも同じ場所にいた。


同じ服。


同じ黒い紐。


同じ無表情。


けれど。


一枚だけ違う写真があった。


少年が、笑っている。


その隣には。


幼い玲奈がいた。


「……」


悠は写真に近づいた。


玲奈は笑っている。


少年も笑っている。


今の悠と、よく似た笑顔だった。


写真の裏側に、文字があった。


悠は裏返す。


そこには。


『No.000――感情形成開始』


さらに下。


『分離実験、成功』


悠の指が止まった。


「分離……?」


その瞬間。


部屋の奥から声がした。


『そう』


少年の声。


あの声だった。


「……お前か」


『うん』


暗闇の中から。


小さな足音が聞こえる。


コツ。


コツ。


コツ。


そして。


少年が姿を現した。


写真の中と同じ顔。


同じ目。


同じ黒い紐。


ただし。


今度は写真ではない。


本物だった。


「……」


悠と少年が向かい合う。


少年は、悠を見上げて笑った。


「久しぶり」


「初めまして、じゃなかったのか?」


「どっちでもいいよ」


少年はそう言って、首を傾げた。


「だって僕たちは――」


その言葉の途中で。


部屋中のモニターが一斉に点灯した。


画面に表示された文字。


《分離個体、再統合準備》


悠の顔から、笑顔が消える。


少年は嬉しそうに笑った。


「やっと戻れる」


「……戻る?」


「うん」


少年が一歩近づく。


「本来の一人に」


悠の胸の奥で。


何かが強く拒絶した。


――嫌だ。


その感情を感じた瞬間。


悠の能力が、静かに目を覚ました。


「……そうか」


悠は少年を見つめた。


「お前は俺に戻りたいんじゃない」


少年の笑顔が止まる。


悠は続けた。


「俺を、お前に戻したいんだ」


沈黙。


そして。


少年の目から、初めて笑みが消えた。


「……違うよ」


「じゃあ何だ?」


「僕が本物だから」


その瞬間。


部屋の奥から、巨大な機械音が響いた。


ゴゴゴゴゴ――。


床が震える。


壁が開く。


その向こうに。


巨大なガラスケースが現れた。


中には。


一人の少年が眠っていた。


悠と同じ顔。


少年と同じ顔。


そして。


胸元には、黒い紐ではなく――


何もついていなかった。


少年が呟く。


「……あれが」


「僕たちの始まり」


ガラスケースの中で。


少年の目が、ゆっくりと開いた。

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