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壊れた僕は、今日も笑う。  作者: ニィギンヤ


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No.000

 その番号を見つめたまま、悠は動けなかった。


 No.000。


 ただの管理番号に見える。


 けれど、なぜか胸の奥がざわついていた。


「黒瀬が……始まり?」


 悠が呟く。


 ポケットの中で、鈴が小さく鳴った。


 ――チリン。


『うん。』


 玲奈の声。


 悠は周囲を見回す。


 当然、玲奈の姿はない。


 それでも、その声だけは確かに聞こえていた。


『でもね。』


 少しだけ間が空く。


『黒瀬も最初じゃない。』


「……どういうこと?」


 返事はなかった。


 代わりに、写真の端にある文字がぼんやりと浮かび上がる。


 悠は目を凝らした。


 写真の裏側。


 さっきまでは気づかなかった小さな文字。


 そこには、こう書かれていた。


 第一観測対象――No.000


「観測対象……?」


 医師が写真を覗き込む。


「こんな記録、私は知らない。」


「先生でも?」


「ええ。」


 医師は首を振った。


「私がこの施設に入った時には、すでにNo.000という番号は使われていなかった。」


 如月が写真を見る。


「じゃあ、この番号は誰なんだ。」


 誰も答えられない。


 悠は写真を裏返した。


 そこには、さらに別の文字があった。


 観測開始 22年前。


 悠の表情が変わる。


「22年前……。」


 自分が生まれるより前。


 玲奈が生まれるより前。


 施設そのものが作られるより前だった。


「ありえない。」


 医師が呟く。


「この施設が作られたのは、もっと後よ。」


「だったら。」


 悠は写真を握りしめる。


「この記録は、施設より前から存在してたってこと?」


 如月は答えなかった。


 澪が不安そうに悠を見る。


「じゃあ……誰が観測してたの?」


 その瞬間。


 駅前のスピーカーから、突然ノイズが流れた。


 ザーッ。


 全員が顔を上げる。


 駅の案内放送が止まり、代わりに別の音声が流れ始めた。


『――観測対象、神代悠。』


 悠の身体が硬直する。


『現在地、確認。』


 澪が辺りを見回す。


「何これ……。」


 駅前を歩いていた人たちは、何事もなかったかのように歩いている。


 誰も放送を気にしていない。


『観測対象、玲奈。』


 悠の手の中で、鈴が震えた。


『状態、確認不能。』


 悠は息を呑む。


「……玲奈。」


 すると音声が一瞬途切れた。


『観測対象、No.000。』


 その番号が聞こえた瞬間。


 鈴が激しく鳴った。


 ――チリン。


 ――チリン。


 ――チリン。


 悠は耳を疑った。


 今まで一度も、こんな鳴り方をしたことはない。


 鈴の音に混じって、別の声が聞こえる。


『逃げて。』


 玲奈だった。


「どこへ?」


『どこでもいい。』


 声が震えている。


『今すぐ、その写真から離れて。』


 悠は写真を見る。


 何も変わっていない。


 ただの古い写真。


 そう見えた。


 けれど。


 写真の中にいる子どもたちのうち、一人だけがこちらを見ていた。


 No.000。


 その顔が、悠には見覚えのある顔に見えた。


「……俺?」


 幼い自分。


 そう思った。


 けれど、違う。


 写真の少年は、悠よりずっと幼い。


 そして何より。


 その首には銀色の鈴がない。


 代わりに、黒い紐が巻かれていた。


「この子……誰?」


 悠が呟く。


 写真の少年は、まっすぐカメラを見つめている。


 その目だけが。


 今の悠と同じだった。


 黒瀬でもない。


 父親でもない。


 玲奈でもない。


 それなのに、悠は知っている。


 この目を。


 この視線を。


 ずっと昔から。


 そして写真の少年の下には、小さな文字が刻まれていた。


 神代悠・原型


 悠の呼吸が止まる。


「……原型?」


 医師が絶句する。


 澪が悠の腕を掴む。


「悠……。」


 悠は写真から目を離せなかった。


 もしこれが本当なら。


 今まで自分が信じていた「自分」は。


 いったい、何だったのか。


 その時。


 駅前のスピーカーから、最後の音声が流れた。


『観測対象No.000――覚醒を確認。』


 駅前の時計が、突然すべて止まった。


 午後十二時三分。


 世界中の音が消える。


 そして。


 悠のポケットの中で、玲奈の鈴が静かに鳴った。


 ――チリン。


『お兄ちゃん。』


『今度は、私じゃなくて――』


 声が途切れる。


 悠は息を呑んだ。


 次の言葉を待つ。


 けれど。


 鈴から聞こえてきたのは、玲奈の声ではなかった。


 幼い男の子の声だった。


『やっと会えたね。』

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