夢の続きを知らない
夜。
⸻
静かな部屋。
⸻
時計の針だけが音を立てる。
⸻
午前二時。
⸻
眠れない。
⸻
……眠らなければ。
⸻
明日も学校だ。
⸻
薬を飲む。
⸻
一錠。
⸻
水。
⸻
電気を消す。
⸻
目を閉じる。
⸻
数分後。
⸻
意識が沈む。
⸻
そして。
⸻
夢を見た。
⸻
暗い。
⸻
何も見えない。
⸻
冷たい床。
⸻
裸足。
⸻
鉄の匂い。
⸻
誰かが泣いている。
⸻
子供だ。
⸻
小さい。
⸻
震えている。
⸻
『いや……』
⸻
声だけが聞こえる。
⸻
『こわい……』
⸻
その声に。
⸻
胸が締め付けられる。
⸻
走る。
⸻
必死に。
⸻
何かを探す。
⸻
でも。
⸻
何も見えない。
⸻
暗闇。
⸻
足音。
⸻
誰かが近付いてくる。
⸻
重い。
⸻
一歩。
⸻
一歩。
⸻
一歩。
⸻
近付く。
⸻
そして。
⸻
誰かが言った。
⸻
『笑え』
⸻
静かな声。
⸻
『泣くな』
⸻
『笑え』
⸻
『笑え』
⸻
『笑え』
⸻
「……っ!」
⸻
飛び起きた。
⸻
呼吸が荒い。
⸻
全身が汗で濡れている。
⸻
時計を見る。
⸻
二時十一分。
⸻
たった十一分しか経っていなかった。
⸻
「はぁ……」
⸻
息が苦しい。
⸻
吐きそうだ。
⸻
洗面所へ向かう。
⸻
蛇口をひねる。
⸻
冷たい水。
⸻
顔を洗う。
⸻
鏡を見る。
⸻
そこには。
⸻
笑っていない自分がいた。
⸻
「……」
⸻
じっと見つめる。
⸻
違和感。
⸻
知らない顔。
⸻
「違う。」
⸻
小さく呟く。
⸻
口角を上げる。
⸻
少しだけ。
⸻
もっと。
⸻
いつも通り。
⸻
ようやく。
⸻
見慣れた顔になった。
⸻
「これでいい。」
⸻
そう言った。
⸻
誰に向けてでもなく。
⸻
朝。
⸻
「おはよー!」
⸻
教室へ入る。
⸻
昨日までと同じ。
⸻
笑顔。
⸻
挨拶。
⸻
雑談。
⸻
「神代。」
⸻
朝倉が声を掛ける。
⸻
「寝不足?」
⸻
「え?」
⸻
「目。」
⸻
「少し赤い。」
⸻
一瞬。
⸻
心臓が跳ねる。
⸻
「ゲーム。」
⸻
笑う。
⸻
「昨日勝てなくてさ。」
⸻
「つい夜更かし。」
⸻
「……そっか。」
⸻
朝倉はそれ以上聞かなかった。
⸻
でも。
⸻
納得した顔ではなかった。
⸻
昼休み。
⸻
購買帰り。
⸻
階段を下りていると。
⸻
「危ない!」
⸻
上の階から悲鳴。
⸻
一人の男子生徒が足を滑らせた。
⸻
身体が宙に浮く。
⸻
頭から落ちる。
⸻
考えるより先に。
⸻
身体が動いた。
⸻
階段を駆け上がる。
⸻
飛ぶ。
⸻
男子生徒の腕を掴む。
⸻
そのまま抱え込むように着地した。
⸻
「大丈夫?」
⸻
「え……あ、ありがとう!」
⸻
周囲から拍手が起こる。
⸻
「神代すげぇ!」
⸻
「反応速すぎ!」
⸻
先生まで驚いていた。
⸻
「よく間に合ったな。」
⸻
笑う。
⸻
「運が良かっただけですよ。」
⸻
そう答えながら。
⸻
腕が震えていた。
⸻
もし。
⸻
間に合わなかったら。
⸻
もし。
⸻
あの日みたいになっていたら。
⸻
そんな考えが。
⸻
頭から離れなかった。
⸻
教室へ戻る途中。
⸻
朝倉がぽつりと言う。
⸻
「神代君。」
⸻
「うん?」
⸻
「誰かを助ける時だけ。」
⸻
「笑わないね。」
⸻
足が止まる。
⸻
振り返る。
⸻
朝倉は。
⸻
少しだけ困ったように笑っていた。
⸻
「……気のせいかな。」
⸻
僕は答えられなかった。
⸻
その言葉だけは。
⸻
誤魔化せなかった。




