隠し事
職員室。
⸻
「失礼します。」
⸻
ドアを開ける。
⸻
「入りなさい。」
⸻
担任の声。
⸻
机を挟んで向かい合う。
⸻
「神代。」
⸻
「はい。」
⸻
「今日は驚いた。」
⸻
「すみません。」
⸻
反射的に頭を下げる。
⸻
「怒っているわけじゃない。」
⸻
先生は苦笑した。
⸻
「君の戦い方だ。」
⸻
胸が少しだけ締め付けられる。
⸻
「どこで習った?」
⸻
「え?」
⸻
「さっきの動きだ。」
⸻
「一年生で出来る動きじゃない。」
⸻
沈黙。
⸻
一秒。
⸻
二秒。
⸻
三秒。
⸻
笑う。
⸻
「動画ですよ。」
⸻
「動画?」
⸻
「最近すごいじゃないですか。」
⸻
「真似しただけです。」
⸻
先生は黙る。
⸻
納得していない。
⸻
それでも。
⸻
「……そうか。」
⸻
それ以上は聞かなかった。
⸻
「戻っていいぞ。」
⸻
「ありがとうございます!」
⸻
職員室を出る。
⸻
扉が閉まった瞬間。
⸻
笑顔が消える。
⸻
「危なかった……。」
⸻
心臓が速い。
⸻
手も震えている。
⸻
知られたくない。
⸻
絶対に。
⸻
廊下を歩く。
⸻
「神代君。」
⸻
また。
⸻
朝倉だった。
⸻
「先生に怒られた?」
⸻
「全然。」
⸻
「褒められた。」
⸻
「嘘。」
⸻
即答だった。
⸻
「え?」
⸻
「今。」
⸻
「笑うの遅かった。」
⸻
息が止まる。
⸻
朝倉は窓の外を見る。
⸻
「神代君って。」
⸻
「笑う前に。」
⸻
「少しだけ考えるよね。」
⸻
何も言えない。
⸻
「普通の人は。」
⸻
「嬉しいと笑う。」
⸻
「神代君は。」
⸻
「笑うって決めてから笑う。」
⸻
見抜かれている。
⸻
怖い。
⸻
逃げたい。
⸻
でも。
⸻
笑う。
⸻
「観察力すごいね。」
⸻
「趣味?」
⸻
「……うん。」
⸻
朝倉は少し笑った。
⸻
「人を見るの好きだから。」
⸻
その笑顔は。
⸻
どこか寂しかった。
⸻
放課後。
⸻
帰り道。
⸻
商店街。
⸻
夕焼け。
⸻
小さな男の子が泣いていた。
⸻
「お母さぁん!」
⸻
迷子だ。
⸻
周りも困っている。
⸻
僕はしゃがみ込む。
⸻
「どうした?」
⸻
「ママ……。」
⸻
「大丈夫。」
⸻
「一緒に探そう。」
⸻
自然に頭を撫でる。
⸻
男の子は泣き止んだ。
⸻
「お兄ちゃん……。」
⸻
「うん。」
⸻
「絶対見つける。」
⸻
その言葉を言った瞬間。
⸻
頭の奥で。
⸻
何かが軋んだ。
⸻
『助けて』
⸻
一瞬だけ。
⸻
知らない子供の声。
⸻
小さい手。
⸻
赤い床。
⸻
暗い部屋。
⸻
「……っ!」
⸻
視界が揺れる。
⸻
吐き気。
⸻
呼吸が苦しい。
⸻
「お兄ちゃん?」
⸻
男の子が見上げる。
⸻
しまった。
⸻
笑え。
⸻
笑え。
⸻
「ご、ごめん!」
⸻
「ちょっと立ちくらみ!」
⸻
「大丈夫!」
⸻
また笑う。
⸻
男の子も安心したように笑った。
⸻
その笑顔を見て。
⸻
胸が痛くなる。
⸻
どうして。
⸻
こんな小さな子を見るだけで。
⸻
苦しくなるんだ。
⸻
その頃。
⸻
少し離れた場所。
⸻
朝倉澪は。
⸻
電柱の陰から。
⸻
その様子を見ていた。
⸻
「……やっぱり。」
⸻
小さく呟く。
⸻
「あの人。」
⸻
「何かを思い出そうとしてる。」
⸻
夕焼けが。
⸻
二人の影を長く伸ばしていた。




