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壊れた僕は、今日も笑う。  作者: ニィギンヤ


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鈴が鳴り終わるまで

 世界から音が消えた。


 眩しいほどの白に包まれ、何も見えない。


 自分が立っているのか、倒れているのかさえ分からなかった。


 ただ一つだけ。


 手のひらに残る温もりだけが、本物だった。


「……玲奈。」


 声は白い空間へ溶けていく。


 返事はない。


 悠はゆっくり指を開いた。


 そこには、小さな銀色の鈴があった。


 光を失った鈴は静かで、もう音を鳴らさなかった。


 胸が締めつけられる。


「玲奈……?」


 もう一度呼ぶ。


 何も返ってこない。


 その静けさが怖くて、悠は鈴を強く握りしめた。


 その瞬間。


 耳元で、小さく笑う声がした。


『そんな顔しないで。』


 悠が勢いよく顔を上げる。


「玲奈!」


 誰もいない。


 白い空間だけが広がっている。


『ちゃんといるよ。』


 今度はもっと近くで聞こえた。


 懐かしい声だった。


 泣いている時の玲奈ではない。


 昔、一緒に笑っていた頃の玲奈の声だった。


 悠の目から涙がこぼれる。


「どこにいる。」


『ここ。』


 鈴が微かに温かくなる。


 悠は両手で包み込んだ。


「帰ってきて。」


『帰ってるよ。』


「違う。」


 悠は首を振る。


「目の前にいてくれ。」


 少し長い沈黙が流れた。


 やがて玲奈は優しく言った。


『お兄ちゃん。』


『約束、覚えてる?』


 悠は唇を噛む。


 ノート。


 録音。


 白い部屋。


 全部思い出した。


「……みんなを助ける。」


『うん。』


「自分を嫌いにならない。」


『うん。』


「玲奈を、一人にしない。」


 鈴が一度だけ震えた。


 チリン。


 今までで一番小さな音だった。


『全部正解。』


 悠は目を閉じた。


「だったら、一人にするなよ。」


 声が震える。


「俺だけ残るなんて約束じゃないだろ。」


 返事はすぐには来なかった。


 代わりに白い景色がゆっくり色を失っていく。


 足元に床が戻る。


 壊れた天井。


 崩れた壁。


 現実が戻ってきた。


「悠!」


 澪の声だった。


 悠が振り返ると、澪が駆け寄ってくる。


「大丈夫!?」


 肩を掴まれ、ようやく自分が施設の出口近くに立っていることに気付く。


 外から朝の光が差し込んでいた。


 如月も医師も無事だった。


 だが。


 玲奈だけがいない。


 悠は周囲を見回す。


「玲奈は?」


 誰も答えなかった。


 医師がゆっくり首を横に振る。


「施設の核が止まった瞬間……姿が消えた。」


 その言葉に胸が空っぽになる。


 悠は何も言えず、握った鈴だけを見つめた。


 すると。


 澪が不思議そうに悠の手を見る。


「悠。」


「……ん?」


「それ。」


「鈴だけど。」


「違う。」


 澪は首を傾げた。


「さっきまで何も持ってなかったよ。」


 悠の呼吸が止まる。


 手の中を見る。


 銀色の鈴は確かにある。


 冷たく、重く、現実に存在している。


 けれど。


 誰にも見えていない。


「……え。」


 如月も悠の手を見る。


「何もないぞ。」


 医師も同じだった。


 悠だけが鈴を握っている。


 その瞬間、鈴の中から微かな声がした。


『内緒。』


 悠は目を見開く。


 玲奈の声だった。


 思わず笑いそうになって、泣きそうになった。


「……生きてる。」


 小さく呟く。


 澪が首を傾げる。


「何が?」


 悠はゆっくり首を振った。


「いや。」


 涙を拭って、小さく息を吐く。


「帰ろう。」


 三人は崩れた施設をあとにする。


 振り返ると、巨大だった建物は静かに崩れ続けていた。


 十二年間閉じ込められていた場所が、朝日に溶けるように消えていく。


 その景色を見つめながら悠は歩き出した。


 ポケットの中で、誰にも聞こえない小さな鈴がもう一度鳴る。


 ――チリン。


 それは別れではなく。


 「ここから」という合図のような音だった。

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