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壊れた僕は、今日も笑う。  作者: ニィギンヤ


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崩れる場所、帰る場所

 警報音が耳を裂く。


 赤い光が白い部屋を何度も染め、壁の亀裂はみるみる広がっていった。


 天井のコンクリートが砕け、床へ激しく落ちる。


 もう、この施設は限界だった。


「走って!」


 医師の叫びで全員が動き出す。


 如月が先頭に立ち、崩れた通路を駆け抜ける。


 澪は玲奈の手を引こうとするが、玲奈はその場から動かなかった。


「玲奈!」


 悠が振り返る。


 玲奈は白い部屋の奥を見つめていた。


「……まだ帰れない。」


 悠の胸がざわつく。


「何言ってる。」


「私には、やることが残ってる。」


 玲奈は静かだった。


 さっきまで泣いていた少女とは思えないほど落ち着いた声だった。


「この施設は、お兄ちゃんの力で壊れてる。」


「うん。」


「でも、最後の制御だけ残ってる。」


 玲奈は部屋の中央を指差した。


 今まで何もなかった床に、小さな円形の装置が現れていた。


 淡く青い光が脈を打っている。


 その中心には、銀色の鈴が埋め込まれていた。


「……鈴。」


 悠が近づこうとすると、玲奈が首を横に振った。


「触っちゃ駄目。」


「どうして。」


「これは私の。」


 一瞬だけ言葉が止まる。


「最後の番号だから。」


 悠は息を呑んだ。


 R-01。


 玲奈の番号。


 この装置は玲奈そのものだった。


 医師が苦しそうに口を開く。


「この施設は……玲奈のデータを核にして維持されていた。」


 悠が振り向く。


「どういうことですか。」


「玲奈だけが、適合率百パーセントだった。」


 その言葉に空気が止まる。


 玲奈は静かに笑った。


「だから私だけ残された。」


「残された?」


「お兄ちゃんが眠ってる間も。」


「ずっと。」


 十二年間。


 玲奈はここにいた。


 悠だけが外で時間を過ごし、玲奈だけが施設に閉じ込められていた。


 悠の足から力が抜けそうになる。


「嘘だ……。」


「本当。」


 玲奈は穏やかに頷いた。


「でも寂しくなかったよ。」


 その笑顔が痛かった。


「毎日、お兄ちゃんを見てたから。」


「……俺を?」


「うん。」


 玲奈はモニターを見た。


「学校へ行く日も。」


「笑ってる日も。」


「泣いてる日も。」


「全部。」


 悠は言葉を失った。


 知らなかった。


 自分だけが過去に置いていかれたと思っていた。


 本当に置いていかれていたのは玲奈だった。


「玲奈。」


 悠は震える声で呼ぶ。


「帰ろう。」


 玲奈は優しく笑う。


「帰りたい。」


「じゃあ!」


「でも。」


 玲奈は装置を見る。


「これを止めないと帰れない。」


 床が大きく揺れる。


 部屋の一部が崩れ落ちた。


『崩壊まで残り百八十秒。』


 時間だけが減っていく。


 如月が焦った声を上げる。


「神代!」


「急げ!」


「もう時間がない!」


 悠は玲奈の前へ歩いた。


「俺が止める。」


「無理。」


「やる。」


「駄目。」


 玲奈は初めて悠の腕を掴んだ。


「これはお兄ちゃんの力じゃ止まらない。」


「なんで。」


 玲奈は悲しそうに笑う。


「拒絶する力だから。」


「え?」


「これは拒絶するものじゃない。」


 玲奈は悠の胸に手を当てる。


「受け入れるものだから。」


 悠の心臓が大きく鳴る。


 玲奈はゆっくり装置の前にしゃがみ込んだ。


 銀色の鈴へ手を伸ばす。


「玲奈!」


「聞いて。」


 玲奈は振り返らなかった。


「私ね。」


「十二年間、一度だけお願いしたことがあるの。」


「何を。」


「お兄ちゃんが幸せになりますように。」


 悠の視界が滲む。


「そんな願い、やめろ。」


「やめない。」


「玲奈!」


 玲奈は笑った。


「だって、お兄ちゃんは私のお兄ちゃんだから。」


 その言葉と同時に、玲奈が鈴へ触れた。


 ――チリン。


 今までで一番澄んだ音だった。


 白い光が部屋いっぱいに溢れる。


 玲奈の身体が光に包まれる。


「玲奈!!」


 悠は駆け出した。


 あと一歩で届く距離。


 伸ばした手が、光の中へ入る。


 その瞬間。


 玲奈が初めて悠の名前を泣きながら呼んだ。


「悠。」


 お兄ちゃんじゃなかった。


 初めて名前で呼ばれた。


 その声に、悠の足が止まる。


「ありがとう。」


 光が一気に弾けた。


 部屋は真っ白になり、誰の姿も見えなくなった。


 ただ一つだけ。


 悠の手の中には、温かい銀色の鈴が残っていた。

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