消えた場所
――ズズズズズ……。
地面が揺れる。
壁が崩れる。
天井から、細かな瓦礫が雨のように降ってくる。
けれど。
悠は動かなかった。
ただ、目の前の黒瀬を見ていた。
「……俺が拒絶したものは」
悠が呟く。
「この施設だ」
黒瀬の顔が歪んだ。
「違う」
「違わない」
「お前にそんなことができるはずがない!」
「じゃあ、なんで消えてる?」
「……っ」
黒瀬は周囲を見回す。
確かに。
施設が消えていた。
壁が崩れているんじゃない。
壊れているんでもない。
最初からそこに存在しなかったかのように。
一部分だけが。
綺麗に消失している。
「……馬鹿な」
父親も画面を見つめていた。
「拒絶の対象が……拡張している?」
「拡張?」
澪が聞き返す。
父親は答えた。
「最初は感情」
「次に記録」
「そして今は……場所そのもの」
悠は拳を握った。
「俺が望んだわけじゃない」
「でも、お前の力は意思を拾う」
父親は悠を見る。
「強く拒絶したものほど、世界から消える」
「じゃあ……」
悠の声が震えた。
「俺がもっと強く拒絶したら?」
父親は答えなかった。
その沈黙が。
答えだった。
◇
「お兄ちゃん」
鈴が呼ぶ。
悠が振り返る。
鈴はまだ消えかけている。
それでも。
さっきより少しだけ輪郭がはっきりしていた。
「僕、分かったかも」
「何が?」
「僕が消えなかった理由」
「……?」
鈴は胸元の鈴を指で撫でる。
「お兄ちゃんは僕を拒絶してないから」
悠の目が見開かれる。
「……あ」
「だから僕は、まだここにいる」
鈴は笑った。
「お兄ちゃんが、僕を必要ないって思ったら……たぶん消える」
「そんなこと思わない」
即答だった。
「そっか」
鈴は嬉しそうに笑う。
「じゃあ、大丈夫だね」
「……何が?」
「僕が消えても」
悠の表情が固まった。
「おい」
「だって」
鈴は少し寂しそうに笑う。
「僕はもう、お兄ちゃんの中にいるから」
「……」
「怒る気持ちも」
「怖い気持ちも」
「憎む気持ちも」
「全部、お兄ちゃんが持っていける」
悠は俯いた。
「……でも」
「うん」
「お前がいなくなるのは嫌だ」
鈴は少しだけ目を丸くして。
「そっか」
そして。
悠の頭に手を置いた。
「じゃあ、最後まで笑ってて」
「……なんで?」
「お兄ちゃんだから」
その瞬間。
――チリン。
銀色の鈴が鳴った。
鈴の身体から。
光が溢れる。
「鈴!」
悠が手を伸ばす。
けれど。
今度は逃げなかった。
鈴は笑ったまま。
悠の胸へ飛び込んだ。
光が。
悠の身体へ吸い込まれていく。
そして――
静寂。
「……鈴?」
返事はない。
悠は自分の胸に手を当てた。
そこには。
確かに。
温かさがあった。
「……いる」
小さく呟く。
「……ちゃんと、いる」
その直後。
施設の奥から。
最後の警告音が鳴った。
『最終実験――終了』
『被験者・神代悠――』
機械音声が途切れる。
そして。
最後に表示された文字。
『観測不能』
悠は画面を見る。
そして。
ほんの少しだけ笑った。
「……やっと、俺のことを見失ったか」
だが。
澪が突然、顔を強張らせた。
「悠……」
「ん?」
「後ろ」
悠が振り返る。
そこには。
誰もいなかったはずの廊下に。
一人の少女が立っていた。
銀色の鈴を首に下げて。
悠と同じ目をして。
静かに笑っている。
「……やっと見つけた」
その少女は。
悠の名前を呼んだ。
「お兄ちゃん」




