父親
「君の父親だよ。」
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その言葉を聞いて。
悠は。
しばらく動かなかった。
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「……父親。」
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口の中で。
その言葉を転がす。
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知らない。
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顔も。
声も。
名前も。
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何一つ。
覚えていない。
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なのに。
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胸の奥だけが。
異様なほど。
ざわついている。
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「……嘘。」
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澪が。
小さく呟いた。
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男が。
澪を見る。
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「久しぶりだね。」
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「……あなたが。」
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「そうだよ。」
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男は。
悠へ視線を戻す。
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「私は。」
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「君の父親であり。」
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「この施設の。」
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「最初の責任者だ。」
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悠の目が。
細くなる。
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「じゃあ。」
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「全部。」
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「あなたが始めたの?」
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「全部ではない。」
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「でも。」
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「君の能力について。」
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「最初に研究を始めたのは私だ。」
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悠は。
何も言わない。
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怒り。
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憎しみ。
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さっきまでなら。
簡単に湧いていたはずの感情。
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なのに。
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今は。
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妙に冷静だった。
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「……父さん。」
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「何だ。」
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「僕の母さんは。」
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隣を見る。
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「どうして。」
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「ここにいるの?」
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父親は。
少しだけ。
母親を見る。
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「彼女が。」
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「望んだからだ。」
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「……何を?」
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「君を。」
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「救うことを。」
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悠の眉が。
わずかに動く。
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「救う?」
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「十二年前。」
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「君の能力が暴走した時。」
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「君は。」
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「自分の精神を壊しかけた。」
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「だから。」
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「君の中から。」
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「危険な感情を切り離した。」
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悠は。
隣にいる少年を見る。
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「こいつ?」
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「そうだ。」
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少年は。
黙ったまま。
悠の服を握っている。
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「そして。」
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「君の記憶を消した。」
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「……それで。」
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「僕は。」
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「普通の人間になった?」
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「違う。」
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父親は。
首を横に振る。
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「普通に戻ったんだ。」
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「……。」
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「君は。」
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「元々。」
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「普通の子だった。」
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悠は。
少しだけ笑った。
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「だったら。」
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「なんで。」
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「こんなことになってるんだよ。」
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父親は。
答えない。
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その沈黙を。
母親が引き継いだ。
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「私たちは。」
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「間違えたの。」
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母親の声は。
初めて。
震えていた。
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「あなたを。」
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「守りたかった。」
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「でも。」
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「守る方法を。」
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「間違えた。」
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悠は。
俯いた。
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「……そう。」
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笑えない。
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怒れない。
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ただ。
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疲れていた。
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その時。
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腕の中の少年が。
小さく動いた。
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「……お兄ちゃん。」
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「ん?」
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「僕。」
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「ここにいていい?」
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悠は。
少し驚いて。
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それから。
少年の頭を。
そっと撫でた。
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「もちろん。」
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「……本当に?」
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「うん。」
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「じゃあ。」
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少年は。
悠の胸に顔を埋めた。
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「もう。」
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「怖くない。」
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その言葉に。
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悠の胸が。
少しだけ痛んだ。
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自分も。
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昔。
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誰かに。
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同じことを言いたかったのかもしれない。
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「父さん。」
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「何だ。」
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「一つだけ。」
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悠は。
顔を上げる。
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「聞きたい。」
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「何を?」
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「十二年前。」
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「僕が。」
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「本当に。」
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「何をしたの?」
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父親の表情が。
初めて。
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固まった。
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「……。」
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母親も。
目を逸らす。
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「答えて。」
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「悠。」
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「お願い。」
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「僕は。」
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「もう。」
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「逃げたくない。」
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長い沈黙。
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やがて。
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父親が。
重い口を開いた。
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「君は。」
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「十二年前。」
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「一人の人間を。」
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「殺した。」
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悠の。
瞳から。
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光が消えた。
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「……誰を。」
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父親は。
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答えた。
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「――私を。」
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静寂。
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誰も。
言葉を発しなかった。
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そして。
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悠の頭の中で。
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また一つ。
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封じられていた記憶が。
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ゆっくり。
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開き始めた。




