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壊れた僕は、今日も笑う。  作者: ニィギンヤ


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母さん

「……母さん?」


⸻


 その言葉が。


 自分の口から出たことに。


 悠自身が一番驚いていた。


⸻


 女性は。


 何も言わない。


⸻


 ただ。


 微笑んでいる。


⸻


 その笑顔を見た瞬間。


⸻


 胸の奥が。


 強く締め付けられた。


⸻


 知らない。


⸻


 知らないはずなのに。


⸻


 知っている。


⸻


 この人を。


⸻


「……嘘。」


⸻


 澪が呟く。


⸻


「生きてたの……?」


⸻


 女性が。


 澪を見る。


⸻


「久しぶりね。」


⸻


「……どうして。」


⸻


「あなたまでいるとは思わなかったわ。」


⸻


 如月が。


 前へ出る。


⸻


「お前は。」


⸻


「十二年前に死んだはずだ。」


⸻


 女性は。


 小さく笑った。


⸻


「そういうことになっているわね。」


⸻


「ふざけるな。」


⸻


「零。」


⸻


 悠が。


 手を上げる。


⸻


「待って。」


⸻


「でも……。」


⸻


「僕が聞く。」


⸻


 悠は。


 女性を見る。


⸻


「母さん。」


⸻


 もう一度。


 その言葉を口にする。


⸻


 すると。


⸻


 頭の奥で。


 何かが弾けた。


⸻


 幼い自分。


⸻


 母親。


⸻


 そして。


 玄関。


⸻


『悠。』


⸻


『笑って。』


⸻


『泣いてる顔は。』


⸻


『誰にも見せちゃ駄目よ。』


⸻


 ――違う。


⸻


 そんなこと。


 言われていない。


⸻


 別の記憶が重なる。


⸻


『笑っていれば。』


⸻


『誰も怖がらないから。』


⸻


 母親の手。


⸻


 震えている。


⸻


 それを。


 幼い悠が握っている。


⸻


「……母さん。」


⸻


「何?」


⸻


「僕に。」


⸻


「笑い方を教えたの?」


⸻


 女性の笑顔が。


 一瞬だけ消えた。


⸻


「……覚えているのね。」


⸻


「少しだけ。」


⸻


「そう。」


⸻


 女性は。


 子どもたちを見る。


⸻


「あなたは。」


⸻


「昔から優しい子だった。」


⸻


「だから。」


⸻


「壊れないように。」


⸻


「笑うことを教えた。」


⸻


 悠は。


 何も言えなかった。


⸻


 ずっと。


⸻


 自分の性格だと思っていた。


⸻


 苦しくても笑う。


⸻


 怖くても笑う。


⸻


 悲しくても笑う。


⸻


 それが。


⸻


 自分を守るために。


⸻


 身につけたものだった。


⸻


「じゃあ。」


⸻


 悠が。


 ゆっくり尋ねる。


⸻


「母さんは。」


⸻


「僕を守るために。」


⸻


「ここにいたの?」


⸻


 女性は。


 答えない。


⸻


 その沈黙だけで。


⸻


 悠には分かった。


⸻


「……違うんだ。」


⸻


 女性の表情が。


 少しだけ曇る。


⸻


「悠。」


⸻


「あなたを守るために。」


⸻


「ここにいた時期もあった。」


⸻


「時期も?」


⸻


「ええ。」


⸻


 女性は。


 静かに続ける。


⸻


「でも。」


⸻


「あなたがいなくなった後。」


⸻


「私は。」


⸻


「ここに残った。」


⸻


「何のために。」


⸻


 女性は。


 子どもたちを見る。


⸻


「この子たちを。」


⸻


「生かすためよ。」


⸻


 悠の視線が。


 子どもたちへ向く。


⸻


「……実験体。」


⸻


「そう。」


⸻


「母さんが?」


⸻


「私が。」


⸻


 悠の顔から。


 表情が消える。


⸻


「……じゃあ。」


⸻


 声が震える。


⸻


「十二年前。」


⸻


「僕を。」


⸻


「実験に使ったのも。」


⸻


 女性は。


 しばらく黙った。


⸻


「……そうよ。」


⸻


 悠の胸の奥で。


⸻


 何かが。


 静かに壊れた。


⸻


 それでも。


⸻


 笑わなかった。


⸻


「そっか。」


⸻


 ただ。


⸻


「……そっか。」


⸻


 と繰り返す。


⸻


 黒瀬が。


 口を挟む。


⸻


「悠。」


⸻


「彼女は。」


⸻


「君が思っているような人間じゃない。」


⸻


 女性が。


 黒瀬を見る。


⸻


「あなたに言われたくないわ。」


⸻


 二人の間に。


 重い沈黙が落ちる。


⸻


 その時。


⸻


 一人の子どもが。


 女性の服を掴んだ。


⸻


「お母さん。」


⸻


「どうしたの?」


⸻


「この人。」


⸻


「僕たちを助けてくれる?」


⸻


 女性は。


⸻


 答えなかった。


⸻


 代わりに。


⸻


 悠を見る。


⸻


「どうする?」


⸻


「……え?」


⸻


「この子たちを。」


⸻


「あなたは。」


⸻


「助ける?」


⸻


 悠は。


 子どもたちを見る。


⸻


 怖い。


⸻


 何が起こるか分からない。


⸻


 母親を。


 信じていいのかも分からない。


⸻


 それでも。


⸻


 悠は。


 ゆっくり。


⸻


 子どもたちの前に立った。


⸻


「うん。」


⸻


「助ける。」


⸻


 女性が。


 少しだけ笑う。


⸻


「……そう。」


⸻


 そして。


⸻


 小さく呟いた。


⸻


「やっぱり。」


⸻


「あなたは。」


⸻


「私の子ね。」


⸻


 次の瞬間。


⸻


 女性が。


 銀色の鈴を鳴らした。


⸻


 チリン。


⸻


 子どもたちが。


 一斉に。


 悠を見る。


⸻


「……?」


⸻


 その瞳から。


⸻


 光が消えた。


⸻


「悠くん!」


⸻


 澪が叫ぶ。


⸻


 だが。


⸻


 もう遅い。


⸻


 子どもたちの口から。


⸻


 同じ言葉が。


⸻


 一斉に。


⸻


「――遊ぼう。」

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