笑わない力
機械が。
悲鳴を上げている。
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ギギギギ……。
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壁が揺れる。
床に亀裂が走る。
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それでも。
悠は動かなかった。
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涙を流したまま。
黒瀬を見ている。
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「……これは。」
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黒瀬が呟く。
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「今までとは違う。」
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当然だった。
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今までの悠は。
怒りを隠していた。
恐怖を隠していた。
悲しみを隠していた。
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笑うことで。
全部を押し込めていた。
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けれど。
今は違う。
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「怖い。」
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悠が言う。
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「苦しい。」
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「嫌だ。」
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「逃げたい。」
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一つずつ。
自分の感情を口にする。
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そのたびに。
周囲の空間が歪んでいく。
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「でも。」
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悠は。
朝倉を見る。
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「それでも。」
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「助けたい。」
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ドンッ!!
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衝撃。
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床が一瞬で砕けた。
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「なっ……!」
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黒瀬が後退する。
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悠の周囲に。
透明な壁のようなものが生まれていた。
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それは。
悠自身を守るように。
澪と朝倉を守るように。
広がっていく。
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「防御……?」
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黒瀬が呟く。
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「違う。」
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如月が。
壁の向こうから答える。
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「こいつの能力は。」
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「そんな単純なものじゃない。」
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悠を見る。
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「昔から。」
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「そうだった。」
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「悠は。」
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「自分が傷つくことで。」
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「周りを守ってた。」
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悠は。
ゆっくり首を振る。
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「違うよ。」
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「今は。」
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「僕だけが傷つく必要なんてない。」
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その瞬間。
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透明な壁が。
一気に広がった。
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黒瀬を。
機械を。
実験室そのものを。
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押し返す。
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「ぐっ……!」
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黒瀬の身体が。
壁へ叩き付けられる。
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機械が倒れる。
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朝倉を照らしていた照明も消えた。
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「朝倉さん!」
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悠が駆け寄る。
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その身体を起こす。
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「……ん。」
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小さく。
朝倉が呻いた。
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「神……代……君?」
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「うん。」
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「ここ……。」
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「もう大丈夫。」
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その言葉を口にした瞬間。
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悠は気付いた。
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自分が。
笑っていない。
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「……。」
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それなのに。
怖くなかった。
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むしろ。
少しだけ。
楽だった。
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「神代君。」
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朝倉が。
ぼんやりと悠を見る。
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「泣いてる?」
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「……うん。」
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「珍しい。」
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朝倉は。
少しだけ笑った。
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「なんか。」
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「そっちの方が。」
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「安心する。」
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「……え?」
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「いつもの神代君。」
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「笑ってるけど。」
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「たまに。」
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「すごく遠くにいるみたいだから。」
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悠は。
何も言えなかった。
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◇
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その時。
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「悠!」
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澪の叫び。
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振り返る。
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黒瀬が。
ゆっくり立ち上がっていた。
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白衣は破れ。
額から血が流れている。
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それでも。
笑っている。
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「素晴らしい。」
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「……。」
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「ようやく。」
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「本来の力が出た。」
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悠の目が。
冷たくなる。
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「僕の力を。」
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「勝手に決めないで。」
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黒瀬は。
一瞬黙った。
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「……そうか。」
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「そういう目を。」
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黒瀬が。
懐から何かを取り出す。
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小さな黒い端末。
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「なら。」
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「次は。」
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ピッ。
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建物の奥で。
いくつものロックが解除される音。
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ガチャン。
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ガチャン。
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ガチャン。
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澪の顔が。
青ざめる。
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「黒瀬。」
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「何をするつもり?」
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「決まっているだろう。」
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黒瀬は。
静かに笑った。
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「実験体を。」
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「一人。」
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そして。
廊下の奥から。
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重い足音が響いた。
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ドン。
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ドン。
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ドン。
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悠が。
そちらを見る。
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暗闇の中から。
一人の少年が姿を現した。
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年齢は。
悠と同じくらい。
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無表情。
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首元には。
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銀色の鈴。
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悠の顔から。
血の気が引いた。
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「……零?」
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如月が。
息を呑む。
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「違う。」
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少年が。
ゆっくり顔を上げる。
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その瞳は。
悠を見ていた。
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「僕は。」
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「零じゃない。」
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一拍。
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「君だよ。」
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悠は。
言葉を失った。




