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壊れた僕は、今日も笑う。  作者: ニィギンヤ


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最終記録

 笑えなかった。


⸻


 目の前にある写真。


 その一枚だけが。


 黒く塗り潰されている。


⸻


「……これ。」


⸻


 悠が手を伸ばす。


⸻


「触るな。」


⸻


 如月の声。


⸻


 けれど。


⸻


 もう遅かった。


⸻


 指先が。


 写真に触れる。


⸻


 瞬間。


⸻


 ――ドクン。


⸻


 心臓が大きく跳ねた。


⸻


 視界が暗くなる。


⸻


 音が消える。


⸻


 そして。


⸻


 声だけが聞こえた。


⸻


『記録を開始します。』


⸻


 知らない男の声。


⸻


『被験者Y-17。』


⸻


『最終段階へ移行。』


⸻


 白い部屋。


⸻


 幼い悠が。


 椅子に座っている。


⸻


 その向かいには。


 澪。


⸻


 そして。


 零。


⸻


 三人とも。


 泣いている。


⸻


『これから。』


⸻


『三人のうち。』


⸻


『一人だけ。』


⸻


『記憶を消去する。』


⸻


 幼い悠が。


 顔を上げる。


⸻


「……僕が。」


⸻


「忘れる。」


⸻


『そうだ。』


⸻


 黒瀬の声。


⸻


「じゃあ。」


⸻


「僕が忘れる。」


⸻


 澪が。


 首を横に振る。


⸻


「駄目。」


⸻


「悠くんじゃなくて。」


⸻


「私が忘れる。」


⸻


 零も。


 口を開く。


⸻


「俺がやる。」


⸻


 三人が。


 互いに譲らない。


⸻


 黒瀬が。


 楽しそうに笑う。


⸻


『面白い。』


⸻


『なら。』


⸻


『自分で選べ。』


⸻


 幼い悠は。


 しばらく黙っていた。


⸻


 そして。


⸻


 小さく笑った。


⸻


「僕が忘れる。」


⸻


「二人は。」


⸻


「忘れなくていい。」


⸻


 澪が泣きながら。


 悠の服を掴む。


⸻


「どうして……。」


⸻


「だって。」


⸻


「僕が。」


⸻


「一番。」


⸻


「笑えるから。」


⸻


 その言葉に。


 現在の悠の胸が。


 強く締め付けられる。


⸻


 ――笑えるから。


⸻


 違う。


⸻


 本当は。


⸻


 笑っていなければ。


⸻


 いけなかった。


⸻


 自分が忘れたことで。


⸻


 二人が。


 普通に生きられると思った。


⸻


 けれど。


⸻


 記憶を消す直前。


⸻


 幼い悠は。


 澪の耳元で。


 何かを囁いていた。


⸻


 声は。


 聞こえない。


⸻


 映像が。


 そこで途切れる。


⸻


「……何を。」


⸻


 悠が呟く。


⸻


「僕は。」


⸻


「最後に。」


⸻


「澪へ。」


⸻


「何を言った?」


⸻


 澪は。


 答えない。


⸻


 ただ。


 涙を流していた。


⸻


「……思い出さなくていい。」


⸻


「どうして。」


⸻


「お願いだから。」


⸻


「もう。」


⸻


「思い出さないで。」


⸻


 悠は。


 首を横に振る。


⸻


「それじゃ。」


⸻


「何も終わらない。」


⸻


 その瞬間。


⸻


 部屋のスピーカーから。


⸻


 ザザッ。


⸻


 ノイズが流れた。


⸻


 そして。


⸻


『記録を再生します。』


⸻


 黒瀬の声。


⸻


『最終段階に入ります。』


⸻


『ただし。』


⸻


『一つ問題があります。』


⸻


 悠が。


 顔を上げる。


⸻


『被験者Y-17には。』


⸻


『記憶消去だけでは。』


⸻


『処理できない感情が残っている。』


⸻


 澪が。


 息を呑む。


⸻


『強すぎる。』


⸻


『恐怖。』


⸻


『怒り。』


⸻


『罪悪感。』


⸻


『そして――』


⸻


 そこで。


 音声が途切れる。


⸻


 数秒。


⸻


 何も聞こえない。


⸻


 やがて。


⸻


『……憎悪。』


⸻


 悠の指が。


 震えた。


⸻


 その瞬間。


⸻


 部屋の壁に。


 一斉に亀裂が走る。


⸻


「悠!」


⸻


 如月が叫ぶ。


⸻


「抑えろ!」


⸻


「無理。」


⸻


 悠の声は。


 驚くほど静かだった。


⸻


「僕。」


⸻


「今。」


⸻


「すごく。」


⸻


「笑いたい。」


⸻


 口元が。


 ゆっくりと。


 上がっていく。


⸻


 澪が。


 震えながら。


⸻


「悠くん。」


⸻


「笑わないで。」


⸻


 その言葉に。


 悠は。


 初めて。


⸻


「……ごめん。」


⸻


 と。


 笑わずに答えた。


⸻


 そして。


⸻


 壁いっぱいに貼られていた写真が。


 一斉に。


⸻


 宙へ浮かんだ。

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