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壊れた僕は、今日も笑う。  作者: ニィギンヤ


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38/79

笑顔の裏側

 逃げる。


⸻


 その言葉を口にした瞬間。


 悠は自分でも分からないほど自然に笑っていた。


⸻


「こっち。」


⸻


 廊下の先を指差す。


⸻


「この建物。」


⸻


「昔と構造が同じなら。」


⸻


「地下へ行ける。」


⸻


 如月が目を細める。


⸻


「……覚えてるのか?」


⸻


「全部じゃない。」


⸻


「でも。」


⸻


「身体が知ってる。」


⸻


 三人は走り出す。


⸻


 背後から。


 足音が近付いてくる。


⸻


 コツ。


 コツ。


 コツ。


⸻


「止まれ!」


⸻


 黒瀬の声。


⸻


 悠は振り返らない。


⸻


「止まったら。」


⸻


「捕まるよ。」


⸻


「分かってる。」


⸻


 その声は。


 いつもの悠だった。


⸻


 明るく。


 軽く。


⸻


 何も怖くないように。


⸻


 けれど。


 胸の奥では。


⸻


――怖い。


⸻


――怖い。


⸻


――怖い。


⸻


 ずっと。


 叫び続けている。


⸻


 それでも。


 悠は笑う。


⸻


「大丈夫。」


⸻


 自分に言い聞かせるように。


⸻


「大丈夫だから。」


⸻


 ◇


⸻


 地下へ続く階段。


⸻


 三人が駆け下りる。


⸻


 途中。


 悠が足を止めた。


⸻


「……ここ。」


⸻


 壁に手を触れる。


⸻


 指先が。


 古い傷跡に触れる。


⸻


 頭の中に。


 一瞬だけ映像が流れた。


⸻


 小さな手。


 血。


⸻


 そして。


 誰かに渡された鍵。


⸻


「……。」


⸻


 悠は。


 何も言わない。


⸻


「悠?」


⸻


「なんでもない。」


⸻


 笑う。


⸻


 澪は。


 その顔を見ていた。


⸻


「……また。」


⸻


「え?」


⸻


「その笑い方。」


⸻


「何が?」


⸻


「無理してる。」


⸻


 悠は。


 少しだけ黙った。


⸻


「……分かる?」


⸻


「分かるよ。」


⸻


 澪は。


 悲しそうに笑う。


⸻


「十二年前から。」


⸻


 その言葉に。


 悠の笑顔が。


 一瞬だけ止まる。


⸻


「僕。」


⸻


「昔から。」


⸻


「こんな感じだった?」


⸻


「うん。」


⸻


「嫌なことがあっても。」


⸻


「怖くても。」


⸻


「泣きそうでも。」


⸻


「笑ってた。」


⸻


「どうして?」


⸻


 澪は答えない。


⸻


 代わりに。


 地下の奥を指差した。


⸻


「見れば。」


⸻


「分かる。」


⸻


 そこには。


 古びた鉄扉。


⸻


 扉の上に。


 小さなプレートがある。


⸻


『第七実験室』


⸻


 悠の足が。


 止まった。


⸻


「……実験室。」


⸻


 胸が苦しくなる。


⸻


 それでも。


⸻


 扉へ近付く。


⸻


「開けるよ。」


⸻


「待て。」


⸻


 如月が腕を掴む。


⸻


「俺が開ける。」


⸻


「大丈夫。」


⸻


「悠。」


⸻


「……。」


⸻


 如月を見る。


⸻


「ありがとう。」


⸻


「でも。」


⸻


「これは。」


⸻


「僕が開けなきゃいけない気がする。」


⸻


 如月は。


 しばらく黙った。


⸻


 そして。


 手を離す。


⸻


「……分かった。」


⸻


 悠が。


 扉へ手を伸ばす。


⸻


 指先が触れた瞬間。


⸻


 頭の中で。


 声が響いた。


⸻


『悠くん。』


⸻


『お願い。』


⸻


『絶対に開けないで。』


⸻


 澪の声。


⸻


「……。」


⸻


 悠は。


 ゆっくり振り返る。


⸻


「澪。」


⸻


「何?」


⸻


「昔。」


⸻


「ここを開けた?」


⸻


 澪の顔から。


 血の気が引いた。


⸻


「……ううん。」


⸻


 答えが。


 少しだけ遅かった。


⸻


 悠は。


 笑ったまま。


⸻


「そっか。」


⸻


 扉を開ける。


⸻


 ギィィィ……。


⸻


 暗い部屋。


⸻


 中央には。


 古い椅子。


⸻


 その隣に。


 小さな机。


⸻


 そして。


 机の上には。


⸻


 一枚の写真。


⸻


 三人の子ども。


⸻


 悠。


 零。


 澪。


⸻


 その写真の裏には。


 幼い字で。


⸻


『ここで、悠くんが笑った日。』


⸻


 悠の指が。


 震える。


⸻


「……何だよ。」


⸻


 誰に向けた言葉なのか。


 自分でも分からない。


⸻


「ここで。」


⸻


「僕は。」


⸻


「何をしたんだ。」


⸻


 返事はない。


⸻


 ただ。


 部屋の奥から。


⸻


 カチッ。


⸻


 小さな音がした。


⸻


 三人が振り向く。


⸻


 壁の一部が。


 ゆっくり開いていく。


⸻


 その奥に。


 もう一つの部屋。


⸻


 そして。


 壁いっぱいに貼られた。


⸻


十二年前の記録写真。


⸻


 その中央。


⸻


 一枚だけ。


⸻


 黒く塗り潰されていた。


⸻


 写真の下には。


⸻


『最終記録』


⸻


 悠は。


 その前に立つ。


⸻


 そして。


 初めて。


⸻


 笑わなかった。

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