笑っていた僕
真っ白だった。
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音もない。
何もない。
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ただ。
遠くから。
誰かの声だけが聞こえる。
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「……悠。」
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優しい声。
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「悠くん。」
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澪だ。
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そう思った瞬間。
景色が変わった。
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古い廊下。
まだ炎に包まれていない。
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幼い自分が。
走っている。
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「早く!」
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その手には。
銀色の鈴。
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「澪!」
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振り返る。
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少女が笑っている。
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「こっち!」
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その後ろには。
零。
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三人で走る。
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いつもの日常。
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何も変わらない。
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……はずだった。
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ドン。
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廊下の奥から。
大きな音。
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幼い悠が足を止める。
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「……今の。」
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零が。
悠の腕を掴む。
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「行くな。」
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「でも。」
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「澪。」
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その瞬間。
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遠くから。
少女の悲鳴。
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「零!」
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「悠!」
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二人が振り返る。
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澪が。
鉄格子の向こうにいた。
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「待って!」
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悠が駆け寄る。
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扉を開けようとする。
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開かない。
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「澪!」
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「悠くん!」
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澪が。
必死に手を伸ばす。
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「逃げて!」
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「嫌だ!」
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「早く!」
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「嫌だ!」
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その時。
背後から。
足音。
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コツ。
コツ。
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黒瀬だった。
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「いい子だ。」
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「そのまま。」
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「動かないで。」
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悠の身体が。
震える。
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怖い。
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怖い。
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でも。
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逃げられない。
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黒瀬が。
悠へ近付く。
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「君は。」
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「ここで。」
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「一つ選ぶんだ。」
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「……何を。」
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「自分か。」
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「彼女か。」
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幼い悠は。
泣いていた。
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「選ばない。」
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「二人とも。」
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黒瀬が笑う。
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「残念だ。」
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その瞬間。
頭の中に。
真っ黒な感情が溢れた。
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怖い。
嫌だ。
憎い。
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でも。
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一番強かったのは。
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「澪を。」
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「返せ。」
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その言葉だった。
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床が揺れる。
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壁が震える。
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窓ガラスが一斉に割れる。
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「……ほう。」
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黒瀬が。
初めて驚いた。
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幼い悠は。
泣きながら。
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笑っていた。
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「大丈夫。」
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「澪。」
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「僕が助ける。」
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次の瞬間。
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世界が。
真っ白になった。
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◇
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「――悠!」
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誰かに肩を揺さぶられる。
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目を開ける。
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「……零。」
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「戻ってきたか。」
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目の前に。
如月。
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その隣に。
澪。
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二人とも。
心配そうにこちらを見ている。
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「……思い出した。」
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「どこまで。」
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「少しだけ。」
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悠は。
ゆっくり立ち上がる。
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まだ。
全部じゃない。
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でも。
分かったことがある。
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「僕。」
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「澪を助けようとしてた。」
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「そう。」
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澪が答える。
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「だから。」
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「私が。」
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「一人だけ忘れるようにした。」
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「……どうして。」
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澪は。
悲しそうに笑った。
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「悠くんが。」
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「全部覚えていたら。」
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「きっと。」
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「自分を許せなくなるから。」
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悠は。
その言葉の意味を理解できない。
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「僕が。」
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「何をしたんだ。」
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澪は。
答えなかった。
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ただ。
悠の手を取る。
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「それは。」
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「もう少し先。」
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その瞬間。
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建物の奥から。
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大きな音が響いた。
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ドォン!!
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黒瀬の声。
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「思い出すまで。」
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「逃がすつもりはない。」
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悠は。
澪と零を見る。
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そして。
いつものように。
笑った。
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「じゃあ。」
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「逃げればいいんだね。」
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零が呆れたように。
小さく笑う。
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「……その笑い方。」
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「昔と変わらないな。」
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けれど。
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悠自身は。
まだ知らない。
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その笑顔の奥に。
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十二年間。
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閉じ込めていたものが。
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もうすぐ。
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全部。
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目を覚ますことを。




