一人だけが忘れる
「……悠くんの血で?」
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悠は。
紙から目を離せなかった。
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赤いスタンプ。
幼い三人の指。
そして。
その下に書かれた一文。
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『三人のうち、一人だけが忘れる。』
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「どういう意味だ。」
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如月の声が低くなる。
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澪は答えない。
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代わりに。
紙の裏側を見せた。
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そこには。
幼い字で書かれた。
もう一つの文章。
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『忘れた人は、最後まで知らなくていい。』
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「……。」
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悠の背筋を。
冷たいものが走った。
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「これ。」
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「誰が書いた。」
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澪は。
悠を見る。
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「悠くん。」
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「……僕?」
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「うん。」
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理解できない。
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自分が。
自分の記憶を消す約束をした?
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「何のために。」
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「それは……。」
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澪が言葉を詰まらせる。
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如月が。
静かに口を開いた。
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「俺から話す。」
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「零?」
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「十二年前。」
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「鳳園で起きたことは。」
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「火事だけじゃない。」
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悠の心臓が。
嫌な音を立てる。
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「……何があった。」
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「実験だ。」
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黒瀬が答えた。
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「正確には。」
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「実験の最終段階。」
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如月が睨む。
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「黙れ。」
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「お前に話す資格はない。」
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黒瀬は笑った。
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「資格?」
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「君たちは。」
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「自分たちでここへ戻ってきた。」
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「なら。」
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「最後まで聞けばいい。」
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黒瀬が。
ファイルを一枚めくる。
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「被験者Y-17。」
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「神代悠。」
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「能力の発現条件は。」
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「強い精神的負荷。」
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悠は。
黙って聞いていた。
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「そこで。」
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「一つ問題があった。」
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「君は。」
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「感情を隠すのが上手すぎた。」
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「……。」
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「恐怖していても笑う。」
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「苦しくても笑う。」
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「怒っていても笑う。」
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「だから。」
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「普通の方法では。」
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「能力を最大まで引き出せなかった。」
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悠の口元が。
わずかに歪む。
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「……それが。」
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「今の僕?」
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「そうだ。」
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黒瀬は頷く。
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「君は。」
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「自分自身を隠すことで。」
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「力を抑えている。」
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その言葉が。
胸に刺さった。
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いつからだったのか。
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苦しくても笑う。
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嫌でも笑う。
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怖くても。
平気な顔をする。
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それが。
ただの性格だと思っていた。
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「違った。」
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悠が呟く。
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「僕は。」
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「ずっと。」
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「自分を隠してたんだ。」
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「そう。」
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黒瀬が笑う。
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「そして。」
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「それこそが。」
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「君を守った。」
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その瞬間。
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「……違う。」
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澪が。
初めて強い声を出した。
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「守ったんじゃない。」
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「壊したんだよ。」
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悠が振り返る。
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澪の目から。
涙が落ちていた。
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「悠くんは。」
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「笑うことで。」
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「全部抱え込んだ。」
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「私たちにも。」
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「何も言わなくなった。」
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「そして。」
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「最後の日。」
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澪の声が震える。
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「私を助けるために。」
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「全部。」
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「壊した。」
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「……全部?」
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「施設も。」
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「実験室も。」
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「大人も。」
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「そして。」
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澪は。
悠から目を逸らした。
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「自分自身も。」
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静寂。
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悠は。
何も言えなかった。
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頭の奥で。
何かが。
ゆっくり開いていく。
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炎。
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泣き声。
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鉄の扉。
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血の匂い。
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そして。
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自分の手。
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真っ赤に染まっている。
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「……。」
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悠の顔から。
笑顔が消える。
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「僕。」
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「何をした?」
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誰も答えない。
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「教えて。」
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声が震える。
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「僕が。」
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「何をしたんだ。」
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澪は。
唇を噛んだ。
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「まだ。」
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「全部は話せない。」
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「どうして。」
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「悠くんが。」
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「自分で思い出すべきだから。」
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その言葉と同時に。
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ポケットの鈴が鳴った。
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チリン。
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チリン。
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チリン。
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今までより。
ずっと強く。
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音が響く。
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そして。
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悠の視界が。
真っ白になった。
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最後に見えたのは。
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泣きながら笑っている。
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幼い自分だった。




