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壊れた僕は、今日も笑う。  作者: ニィギンヤ


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36/78

一人だけが忘れる

「……悠くんの血で?」


⸻


 悠は。


 紙から目を離せなかった。


⸻


 赤いスタンプ。


 幼い三人の指。


 そして。


 その下に書かれた一文。


⸻


『三人のうち、一人だけが忘れる。』


⸻


「どういう意味だ。」


⸻


 如月の声が低くなる。


⸻


 澪は答えない。


⸻


 代わりに。


 紙の裏側を見せた。


⸻


 そこには。


 幼い字で書かれた。


 もう一つの文章。


⸻


『忘れた人は、最後まで知らなくていい。』


⸻


「……。」


⸻


 悠の背筋を。


 冷たいものが走った。


⸻


「これ。」


⸻


「誰が書いた。」


⸻


 澪は。


 悠を見る。


⸻


「悠くん。」


⸻


「……僕?」


⸻


「うん。」


⸻


 理解できない。


⸻


 自分が。


 自分の記憶を消す約束をした?


⸻


「何のために。」


⸻


「それは……。」


⸻


 澪が言葉を詰まらせる。


⸻


 如月が。


 静かに口を開いた。


⸻


「俺から話す。」


⸻


「零?」


⸻


「十二年前。」


⸻


「鳳園で起きたことは。」


⸻


「火事だけじゃない。」


⸻


 悠の心臓が。


 嫌な音を立てる。


⸻


「……何があった。」


⸻


「実験だ。」


⸻


 黒瀬が答えた。


⸻


「正確には。」


⸻


「実験の最終段階。」


⸻


 如月が睨む。


⸻


「黙れ。」


⸻


「お前に話す資格はない。」


⸻


 黒瀬は笑った。


⸻


「資格?」


⸻


「君たちは。」


⸻


「自分たちでここへ戻ってきた。」


⸻


「なら。」


⸻


「最後まで聞けばいい。」


⸻


 黒瀬が。


 ファイルを一枚めくる。


⸻


「被験者Y-17。」


⸻


「神代悠。」


⸻


「能力の発現条件は。」


⸻


「強い精神的負荷。」


⸻


 悠は。


 黙って聞いていた。


⸻


「そこで。」


⸻


「一つ問題があった。」


⸻


「君は。」


⸻


「感情を隠すのが上手すぎた。」


⸻


「……。」


⸻


「恐怖していても笑う。」


⸻


「苦しくても笑う。」


⸻


「怒っていても笑う。」


⸻


「だから。」


⸻


「普通の方法では。」


⸻


「能力を最大まで引き出せなかった。」


⸻


 悠の口元が。


 わずかに歪む。


⸻


「……それが。」


⸻


「今の僕?」


⸻


「そうだ。」


⸻


 黒瀬は頷く。


⸻


「君は。」


⸻


「自分自身を隠すことで。」


⸻


「力を抑えている。」


⸻


 その言葉が。


 胸に刺さった。


⸻


 いつからだったのか。


⸻


 苦しくても笑う。


⸻


 嫌でも笑う。


⸻


 怖くても。


 平気な顔をする。


⸻


 それが。


 ただの性格だと思っていた。


⸻


「違った。」


⸻


 悠が呟く。


⸻


「僕は。」


⸻


「ずっと。」


⸻


「自分を隠してたんだ。」


⸻


「そう。」


⸻


 黒瀬が笑う。


⸻


「そして。」


⸻


「それこそが。」


⸻


「君を守った。」


⸻


 その瞬間。


⸻


「……違う。」


⸻


 澪が。


 初めて強い声を出した。


⸻


「守ったんじゃない。」


⸻


「壊したんだよ。」


⸻


 悠が振り返る。


⸻


 澪の目から。


 涙が落ちていた。


⸻


「悠くんは。」


⸻


「笑うことで。」


⸻


「全部抱え込んだ。」


⸻


「私たちにも。」


⸻


「何も言わなくなった。」


⸻


「そして。」


⸻


「最後の日。」


⸻


 澪の声が震える。


⸻


「私を助けるために。」


⸻


「全部。」


⸻


「壊した。」


⸻


「……全部?」


⸻


「施設も。」


⸻


「実験室も。」


⸻


「大人も。」


⸻


「そして。」


⸻


 澪は。


 悠から目を逸らした。


⸻


「自分自身も。」


⸻


 静寂。


⸻


 悠は。


 何も言えなかった。


⸻


 頭の奥で。


 何かが。


 ゆっくり開いていく。


⸻


 炎。


⸻


 泣き声。


⸻


 鉄の扉。


⸻


 血の匂い。


⸻


 そして。


⸻


 自分の手。


⸻


 真っ赤に染まっている。


⸻


「……。」


⸻


 悠の顔から。


 笑顔が消える。


⸻


「僕。」


⸻


「何をした?」


⸻


 誰も答えない。


⸻


「教えて。」


⸻


 声が震える。


⸻


「僕が。」


⸻


「何をしたんだ。」


⸻


 澪は。


 唇を噛んだ。


⸻


「まだ。」


⸻


「全部は話せない。」


⸻


「どうして。」


⸻


「悠くんが。」


⸻


「自分で思い出すべきだから。」


⸻


 その言葉と同時に。


⸻


 ポケットの鈴が鳴った。


⸻


 チリン。


⸻


 チリン。


⸻


 チリン。


⸻


 今までより。


 ずっと強く。


⸻


 音が響く。


⸻


 そして。


⸻


 悠の視界が。


 真っ白になった。


⸻


 最後に見えたのは。


⸻


 泣きながら笑っている。


⸻


 幼い自分だった。

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